残ったもの




「…………はぁ」



 岩山の頂上からは、彼らが作った楽園の全てが見渡せる。


 肉の焦げる臭いが雨風に運ばれ、彼のボサボサな白髪を強く揺らした。


「……」


 局所的に発生する落雷を見つめながら、テュポンは思い出していた。


 ……何度も起こしにきたエキドナ。

 ……いらないって言ってるのに、食べ物を運んでくる子供達。

 ……見つけた綺麗な石とか虫の抜け殻とか、変な物を貢ぎにくる子もいた。

 ……一回だけ、エキドナにむりやり授業をさせられたこともあった。

 いきなり大勢の目に晒されて、あの後三ヶ月は具合が悪かった。


 ……あんなに強かだったエキドナも、今はもう立つことすらできない。


「……」


 ……風の耳に気づく人間がいたなんて。驚いた。

 ……テュポンは嘆息し、こちらをジッと見つめてくるスカアハから目を逸らす。


 ……相手は転移術式のプロ集団だし、とーじょーとノエルでも、残り八四七人を漏らさずに狩るのは不可能だ。既に何人か逃げ出してるし。


 テュポンの感知には、アヴァロンを抜け出して地上を目指す幾つもの気配が映っている。


「……はぁ」


 ……この光景は、適当に風で情報を集めていた、俺が招いたものかもしれない。


 ……もし違うとしても、少なくとも、あの子達は今日死ぬべきじゃなかった。



「……これが、情ってやつか。……不便だなぁ」


 雨天を見上げたテュポンが、風の中に解けて消えた。




          §




「――ッ⁉︎」

「わぁっ」


 いきなり背後に現れた気配をブン殴った東条は、ジト目を向けてくるテュポンに目を丸くする。


「あのさぁ、毎度毎度いきなり攻撃しないでよ。ビックリするから」


「お前、出てきたのか」


「眠れないもん。こんなんじゃ」


「……そうだよな」


 気怠げだけど、どこか寂しそうな顔をするテュポンを横目に、東条は再度前方の軍勢に向き直る。


「……君、分かってる? このままだと地上での立場なくなるよ?」


「……仕方ねぇだろ。気づいたらこうなってたんだから」


「トラウマってやつ?」


「知ってんのか」


「友達に聞いただけ」


 前に進み出るテュポンに、東条は躊躇いながらも構えを解いた。


「……助けてくれんのか?」


「助ける、とかじゃないよ。俺は責任を取るだけ。その途中に助かる君がいるだけ」


「そうか。……ありがとな」



 ――瞬間、

 剣を構える者、

 魔術を発動する者、

 ダンジョンの中を逃げる者、



 テュポンが知覚した全ての人間の頭部が、小気味良い音を立てて風船の様に破裂した。




 一気に静かになった空間に、東条は戦慄し乾いた笑みを浮かべる。


「……マジかよ」


「あとは、そうだ」


 フワリと東条の体が浮かぶ。テュポンの操る風に乗り、元いた場所に戻ってきた。


「……君、やっぱり凄いね。今の躱すんだ」


「……」


 引き攣った笑みを浮かべるスカアハと一緒に、暴れるエキドナが影から現れる。


「っ離、っえ⁉︎ テュポン様!」


「……だから、そういう目を向けないでくれって」


 溜息を吐くテュポンが、エキドナの頭をポンポンと撫でる。


「……でも、よく頑張ったね。君達は君達の仕事を終わらせな」


「え、え?」


 理解が追いつかず唖然とする彼女が、東条を見つけハッと息を呑む。


「っキリマサ、私、」


「? あぁ、さてはノエルに何か言われたな? てかあいつどこだ?」


 完全にすれ違っていることに気づいていない東条が、辺りをキョロキョロと見回す。


 そんな彼と目を合わせられず、エキドナは深く頭を下げた。


「本当に、ごめんさい」


「え、何でぶ⁉︎」


「マサ動きすぎ!」


 そこへ突っ込んでくるノエル。



 騒がしくなってきた彼らとは別に、岩に腰掛けたテュポン。


 諦めの笑みを浮かべるスカアハが、帽子をとってお辞儀した。


「【王】いや、【調停者】さんかしらね? 会えて光栄よ」


「うん。そういうのいいからさ、地上に戻るついでに、隔離してるドラゴン達も連れていってあげてくれる? あとここのエキドナも」


「……なぜ?」


「それが彼らの目的だから」


「でも彼らは私に負けたわよ?」


「君は俺に負けたでしょ」


「……」


 一切崩れない余裕と、淡々とした口調に、スカアハ自覚させられる。

 この者の前で、自分がどれだけ取るに足らない存在なのかということを。



「マサ、こいつに惑わされないで」


「別に惑わされてねぇよ。大丈夫かエキドナ? 傷は?」


「……ええ、大丈夫。あなたは?」


「マサ!」


「っだぁ引っ張るなって⁉︎」


 そんな光景に、エキドナは儚げに微笑んだ。


「……キリマサ、」


「ん?」


「私ね、……あなた――」


「……ん?」


 瞬間目の前から消えたエキドナに、東条は目をパチクリする。



「これで良いかしら?」


「うん。君達も早い内に帰りな」


「……殺さないの?」


「殺されたいの?」


「……」


「あれ? おいスカアハお前だろ! エキドナどこやっ――」「むー!――」


 指パッチンと共に影に落ちた三人を見送り、テュポンは腰を上げる。


「っ、テュポン様」「……」「マサどこ行っちゃったの?」「もう会えないの?」「お別れ言いたかった」「ヒグっ、うぅ」


 駆け寄って来た子供達を引き連れ、



「……また会えるさ」


 彼は家路についた。



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