誰が為を想い


「何だ、これ」


 あまりに凄惨な光景に絶句してしまう東条を、縋りつくエキドナの指が現実に引き戻す。


「キリマサっ、一人でも、多くの子達をッ」


「っ」


 東条は赤い森の中へと駆け出す。

 その際睨んだスカアハの顔は、どこか悲しそうに見えた。



 彼が去った後、涙を拭いて立ち上がったエキドナの隣にノエルが並び、プニルがアーサーを咥えて背に乗せる。


 スカアハはそんな彼女達を見て、小さく苦笑した。


「……随分と嫌われちゃったわね」


 溜息を吐き地面に降りる彼女に、ノエルが口を開く。


「引いて、スカアハ」


「……あんた達、繋がっていたの?」


「……」


 お口チャックするノエルに、スカアハがクスリと微笑む。


「だいたいは察しがつくわ。あんた達、アイルランドでいきなり消えたわよね? あの時かしら?」


「知ってたの?」


「ずっと見ていたもの。でもこの状況を見るに……、きっと不干渉の立場をとってくれたのよね? なら責めるのはお門違いでしょう? 寧ろお礼しなきゃ」


 彼女の俯瞰的で冷静な思考に、ノエルは正直驚いていた。


「……スカアハ、もっと自己中だと思ってた」


「ウフフっ、私は自己中よ? この国を含めて、私以外のだいたいに興味がないし。ただ私が好き勝手するのに、国という財源と可能性が必要だっただけ。

 ……私は教育者よ? 好き好んで芽を摘んだりはしないわ」


 怒りの形相を浮かべ魔力を練り上げているエキドナを、スカアハは鼻で笑った。


「あんたが愛する存在を受け入れることはないし、認めることも絶対にないけれど、私が直接どうこうすることはないわよ。興が削がれちゃったもの。

 あとは彼らに任せるわ。止めようが殺そうが殺されようが、好きになさいな」


 岩に腰掛け、シッシッ、と手を振るスカアハに、エキドナの苛立ちが募る。

 そんな彼女をノエルが諌めた。


「エキドナ。め」


「……こいつはっ」


「エキドナに勝てる相手じゃない。ノエルも手は出さない。そういう約束でしょ」


「……」


「マサは優しいから行っちゃったけど、ノエルは違う。

 もしエキドナが本当にマサを大切に思っているなら、この場所にノエル達を呼ぶべきじゃなかった」


「それ、は、」


「違うとは言わせない。ノエルもお前と同じ蛇。だから分かる。

 お前からは発情したメスの臭いがする」


「っ、」


 聞いていたスカアハが目をパチクリして吹き出す。


「ちょっとちょっとノエル? 話が変わってきてるわよ?」


「ん。つまり、お前の好きなマサがこの惨状を見て、どういう行動をするのか、その結果マサの立場がどれだけ悪くなるのか、分からないエキドナじゃない筈ってこと」


「……」


 エキドナは口を噤んだ。図星だった。それを理解した上で、彼女はここに東条を呼んだのだから。


「スカアハ」


「んー?」


「スカアハは、これから起きること他国に報告する?」


 瞳を縦に割るノエルを見て、スカアハはヒラヒラと手を振った。


「ウフフっ、しな〜い。死にたくないもの」


「ん。これでスカアハ以外を皆殺しにすれば良くなった。

 でもお前がマサを売ったことに変わりはない。そんな奴がマサの隣に立つ資格はない」


「……」


「……ねぇノエル? そろそろエキドナちゃんが可哀想になってきたわ? 流石にオーバーキルじゃないかしら?」


「ん。ごめ」


「……いいえ。正論よ」


 二人に背を向けたエキドナは、痛々しい傷のついた体を引きずりながら森へ向かおうとする。


「ちょっと〜、あんた立っているのもやっとでしょうに。体内の魔力器官もズタズタよ? 私がやったんだけど。ねぇ〜休んでいなさいな」


「……私が、人間共を、皆殺しにして、子供達もっ、キリマサもっ、全員助けるッ」


 悲しみを、怒りを、自身への失望を全て怨嗟の炎にくべ、エキドナは前へ進む。


 そんな彼女を、ノエルはスカアハと目を合わせた後、


「ん」


 手刀で気絶させた。


「……ノエル、あんた結構女よねぇ」


「ノエルも行っていい?」


「どちらの味方でもないんじゃないの?」


「マサが心配」


「……そういう理由なら行きなさいな」


「ん。ありがと」


 遠ざかっていく足音を耳、スカアハは倒れ伏すエキドナを見つめる。




「…………はぁ。亡命しようかしら」


 嫌々動かされる指が、治癒魔術の術式を描いた。

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