弟子


鋭利な指を振り下ろしたジャックが吹っ飛び、レンガ調の家屋をブチ抜いて闇の奥に消えた。


「……(合わされた? それに)」


朧は電流を纏う欠けたナイフから目を逸らし、後ろでポカンとしている金ピカ小僧に舌打ちする。

要注意人物として頭に入れておいたリスト、その中の一人。……姿を見られた。


空気を裂く様に姿を現した青年をを見て、マーリンも同時に気づく。


「え、あ、あっ、あなたは日本のっ⁉︎」


「……チッ、クソが」


「えっ」


いきなり罵倒され、再びマーリンの目に涙が浮かぶ。


「……俺はここに来ていない。お前達は何も見ていない。……いいな?」


ギロリと睨まれたマーリンは、その一言で全てを悟る。彼は母親に駆け寄り、治癒魔術をかけながら強く頷いた。


「っ奴の攻撃は切断系です! 恐らく何らかのcellを発動しています!」


「……ああ(『Perfection』)」


朧の姿が景色に溶け、捨てられたナイフがパキン、と折れた。


朧は懐から新しいナイフを両手で引き抜き、指で遊ばせながら思考を整理する。

特注のナイフが一撃で折られた上に、俺の透過までんだ。……今のでだいたい察した。


ガラガラと穴の奥から戻ってきたジャックが、辺りを見回し苦笑する。


「……うーん、また消えッ⁉︎」


朧はナイフをジャックの首に叩きつけると同時に上半身を逸らし、眼前を通過する鋭利な右鎌を躱す。


首への衝撃に仰け反ったジャックの鋭敏な昆虫器官が、刈った前髪数㎜と風鳴り、足音から朧の場所をギロリと捉え、不安定な体勢のまま左腕の鎌を振り上げた。


「――っ……」


真下から迫る白色の凶刃。構え防ごうとした朧は、咄嗟にナイフを手放しバックステップ。


バターの様に裂けたナイフが地に落ち、乾いた音が鳴る。


……再び強制的に透過を裂かれ、朧は理解した。

、能力。

その対象には物質だけじゃなく魔力も含まれる。全身にも薄らと能力を纏っているせいで刃が欠ける。加えて体表の感触と硬度が人のソレじゃない。よく見れば指の関節も人より多い。


「やっと姿を見せてくれましたね、恥ずかしがり屋さん?」


「……あんた、この国の実験生物か何かか?」


「え? いえいえ、僕はアヴァ」


「っ朧さん‼︎」


市民を逃したマーリンが、迫真の顔で朧のズボンをグイグイと引っ張る。


「……」

「……」


「朧さん‼ おぼ、あれっ? 朧さんですよね⁉︎」


一引っ張りごとに、朧の額の青筋が増えていく。


「……」

「……ふふっ、どうぞ」


一旦鎌をしまったジャックが、その場に腰を下ろし生首を愛で始める。


「っねぇおぼグェ⁉︎」


「……何?」


イラつく朧に胸ぐらを掴まれたマーリンが、焦々と金色のローブを脱いで突き出した。


「っこれは先生が魔術を施してくれたローブです! 絶対切れませんぐぇえ!」


「先生って?」


「スカアハ先生です‼︎」


「……どうも。近くにいられると邪魔」


「はい‼︎」


いい返事を残してマーリンが転移で消える。


朧は金のローブを左腕にグルグルと巻き、右手で腰後ろに差していた黒いマチェットを引き抜いた。


「もういいですか?」


「ああ」


ジャックはバチバチと電流を纏うマチェットを見ながら、そっと生首を置いて立ち上がる。


「それにしても、先生かぁ。……僕にも先生がいましてね、あなたは?」


「は?」


「尊敬している、目指している師はいますか?」


「……ああ」


「ですよね。生物は先人に学び成長するものですから。師がいることは、とても幸運なことです」


朧はジャックの傍にある生首を見て、目を逸らす。


「……ならお前の師は、お前に何も教えてくれなかったんだな」


「……何ですって?」


朧の冷めた目に、ジャックから笑みが消える。


「命を奪う動機が快楽になった時点で、お前は畜生以下だよ」


「快楽のために発展してきた生物がよく言いますね?」


「へぇ、まるで自分が人間じゃないみたいな言い方だな? よく分かってるじゃん」


「否定はできませんね。僕は僕というヒトを理解していますから」


「……どうやったらここまで立派な狂人ができあがるんだ? お前の師はイカれた変態か何かなのか?」


「理解してもらおうとは思いません。僕への暴言も許容します。ですが、先生を冒涜することだけは許しません。謝罪を」


「弟子名乗るなら、自分の行いが師の人格に直結することを自覚しろよ。程度が知れるな」


「ハッ。ということは、あなたの師は礼儀すら知らない野蛮で愚かな自分勝手極まりない子供の様な方なのでしょうね?」


「……あ?」


「……何か?」


「……」

「……」


――瞬間、黒刀と白鎌が衝突し、周囲に斬撃と雷撃が迸った。

壁が裂け、電灯が弾け飛び、石畳の道路に亀裂が走る。

高速で連続する金属音が狭い道に残像を残し、一泊遅れて全てがメチャクチャに切り刻まれた。


広場に飛び出した二人が互いに地を蹴り距離を詰める。


朧は左拳で脇腹への鎌を殴り上げ、首に迫る鎌を弾き飛ばす。

ジャックのバックステップに合わせ肉薄し、瞬時に黒刀を手の中でクルリと回し逆手持ちに。

横薙ぎの鎌を躱しざまに体を回転させ、地面スレスレを走らせ黒刀を振り抜いた。


「――ッく⁉︎」


シュイィインッ‼︎ という凶悪な音を伴った黒刀が、ジャックの片口を斬り裂いて血を靡かせ眼球を掠める。

凝縮された電流によって高速旋回する砂鉄が、彼の頑強な身体強化と外骨格をいとも容易く貫通した。


砂鉄刀を紙一重で見送ったジャックは、即座に体を捻り半回転、右後ろ蹴りから斬撃を放ち片足でジャンプ、足払いを躱し、空中で更に体を捻り左斬撃回し蹴りを放って着地、からの突貫。

ガードしようとした朧に向かって、クロスした両腕の鎌を同時に振り抜いた。


「――ッチ⁉︎」


ゾンッッ‼︎ という凶悪な音と共に放たれた斬撃が、朧の耳の肉と首の薄皮を切り裂き血を飛び散らせ、彼の後ろにあった建物をX字にブチ抜いた。


「ッ良い武器ですね⁉︎」


「ッ貰い物だ」


広場の銅像の首が吹っ飛び、雷撃によって胴体も木っ端微塵に砕け散る。


「ッ師匠からですか⁉︎」


「ッああ。――ッお前は?」


「ッ心を!」


鎌と黒刀がカチ合い、衝撃波にお互い吹っ飛ぶも着地と同時に地を蹴る。

白と黒と金の閃きが残像となって彼らを包み、飛び散る赤が剣線を彩る。


コンマ数秒の内で散る火花の中、会ったこともない二人は、不思議なことに同じ感覚を共有していた。



((戦い辛い))



攻撃の予測がビタリとハマるのに、次手を読まれている気がする不快感。

まるで影を相手している様な進展の無さ。


「――ッ気持ち悪ぃ」


鎌を弾き飛ばした朧が反動を利用してわざと大きく後退し、地面を殴りつける。


「ッ⁉︎」


円状に設置し隠していた避雷針が青く輝き、中央に誘い込まれたジャックを捉えた。


――刹那、落雷が落ちる。

と同時に真っ二つに裂けて飛び散り、広場が青白く染まった。


雨の如く降り注ぐ稲妻の中、二人の思考と行動が一致する。


ジャックは振り上げた両鎌を大きく引き、前傾に。

朧は黒刀に砂鉄を纏わせ、刀身を伸ばす。



――直後両者同時に地面を踏み砕き、



「『Dead Xデッド クロス』」



互いの得物を全力で振り抜いた。



――砂鉄の刀身が砕け散り、黒刀が宙を舞う。



――放たれた斬撃が朧の全身に直撃し、地面ごと抉り飛ばす。





――遅々とした感覚の中、ジャックは瞠目した。……己の胸に入り込む、朧の腕に。





「『Diable baiserディアブル ベーゼ』」



素通りした朧の背後で、


「……カッハ⁉︎ ゴポぉ」


ジャックが膝から崩れ落ち血塊を吐いた。




朧の能力は、自己を変化させ、周囲に『溶け込む』彼自身の内に秘めた性質が根源となっている。

だから東条という完全な個に憧れているのであって、自己を証明できる圧倒的な力に執着すのだ。


一歩道を踏み外せば極悪人になってもおかしくない精神と能力を持って尚、今の様な人格者になっているのは、偏に彼の根が良いのか、それとも彼が師と仰いだ者が想像以上に変だったからか、恐らくその両方だろう。


朧が自身の能力の可能性に気付いたのは、グランドフェスティバルのサムとの戦闘の最中だった。

今まで『景色に溶けて』いた朧は、追い詰められたあの時、無意識にその解釈を広げた。


文字通り、『空に溶けて』しまえば良いのでは? と。


朧によって新たな解釈を得た『溶ける』能力は、透過物質を作るのではなく、彼の体細胞をそのまま透過物質へと変化させるに至った。


途轍もなく微細な魔力操作とセンスを必要とするため、あの時初めてこの力を使用した朧は、サムの内臓をメチャクチャに掻き回して病院送りにしてしまっている。


しかし血の滲む鍛錬と元来の物覚えの良さも相まり、今やこの力は彼の手の中にある。




「……最初はあの人に見せたかったのに、チッ」


朧は捻じ切り抉り取った心臓を投げ捨て、手に付いた血をピシャッ、と払った。



最早誰もが認めるであろう。――朧 正宗は、『最強』に成り得る。



「カヒュ……カヒュ……僕は、あなたが嫌いだ」


「俺もだよ」


外傷のない胸を抑え、ジャックは悲しげに、満足げに笑った。


「…………すみません、先生」


「……」


まるで懺悔する様に、項垂れたまま息絶えるジャック。


金色のローブを解きズタズタになった左腕の血を払った朧は、ジャックから目を逸らして囮にしたマチェットを拾い上げる。傷がついていないことにホッとし、腰の後ろに差した。


「……」



静まり返ったロンドンを歩く朧は、崩れた建物や家からカーテンを拾い集め、転がる首無し死体や首の一つ一つに掛けて回るのだった。


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