邂逅



「……(マサとノエル、何階層まで行ったかな)」


 本来超えてはならない筈の国境を軽く超えた朧は、ここ数日姿を消しブリテン領内で情報収集をしていた。

 諜報活動を行う上で、国の最高戦力である円卓騎士が出払っている今を逃す手はない。


 常時姿を消しているせいで食事も宿泊もままならないが、破格の報酬を思えば幾分か気も楽になるというもの。

 ……これが終わったら、一回日本に帰るか。

 そんなことを考えながら、朧は拠点にしている空き家でモサモサのサンドウィッチを齧った。


 彼がスマホで収集した資料を確認していると、外が妙に騒がしくなっていることに気づく。


「……」


 ……何だ?

 透明になった朧は薄汚れた窓に近づいて様子を伺うも、ここからでは何が起きているのかは分からない。


 ブリテンの国境には強固なバリアが張ってある。モンスターの襲来は有り得ないから、恐らく乱闘騒ぎか何かだろう。

 自分の知ったことではない、そう朧が踵を返したその時、


「ッ助けてっ、誰かぁッ、助けてぇっ、ぅうっ」


 悲痛な少女の鳴き声が、微かに朧の耳に届いた。


「……チッ」



 ……吹き込んだ夜風がカーテンを揺らす。


 ……窓際に置かれた食べかけのサンドウィッチが、静かに彼の帰りを待つのだった。





「大丈夫、怖くないよ。君は逃げていいんだよ」


「っヤダァ‼︎ お母さんっ、お母さん起きてッ⁉︎」


「っその子、から、離れろぉッ」


 血を流し気絶する母親を必死に揺する娘と、裂かれた脇腹からダクダクと血を流すマーリン。必死に治癒魔術を行使する彼の後ろには、追い詰められた市民達が震えて集まっている。


 周囲には首無し死体がゴロゴロと転がっており、狭い道は今や赤一色に染まっている。マーリンが異変に気づき転移した時には、既に二〇人近くの婦女が犠牲になっていた。


 マーリンは心臓が締め付けられる感覚に、ポロポロと涙を零す。

 研究ばかりして、殺しや戦闘には殆ど関わってこなかった。ましてや人間の狂気に触れたのは初めてのこと。

 怖い、ただただ、怖くて仕方がない。

 ガウェインさんっ、スカアハ先生っ。

 マーリンは心の中で来ないと分かっている助けを呼びながら、震えてしまう手足に、己の不甲斐なさに、唇を噛み涙を流した。


 そんなマーリンに興味のないジャックは、血濡れた指で頬を掻き、泣き喚く少女に苦笑する。


「ん〜子供は人生が溜まっていないからなぁ。今の僕には愛せる自信ないんだけど、……いや、彼女の人生にはこの子が不可欠なわけで、そう考えたら、また別の味もあるのかな?」


 気絶した母親を眺めながら、ジャックは新たな気づきに自身の成長を感じる。


「何事も行動することが大事って、先生言ってたもんね」


「ッひ⁉︎」


「っやめろぉぉ⁉︎」


 意味の分からないことを口走る美青年に、少女の肺からか細い悲鳴が漏れた。


 振り下ろされた鋭利な指――瞬間ジャックが吹っ飛び、レンガ調の家屋をブチ抜いて闇の奥に消えた。

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