My friends

「……『エクスカリバー』」

「……『アロンダイト』」


 互いの手に漆黒の大戦斧が、聖銀の大盾と長剣が握られる。


「……引きずってでも連れ戻す」


「今日はもうお眠りなさいな」


 エルザの龍眼と、アリアの赤らんだ瞳が交差する。


 ――瞬間衝突した戦斧と大盾が爆音を上げ、半径数mの地表を吹き飛ばした。


 目尻から涙を散らしたアリアは首を逸らし、エルザの突き出した長剣を紙一重で躱す。

 同時に地面に弧を描き一回転――はざまで七体の龍の位置と体勢を把握――全身を捻り、戦斧をフルスイング。


「――っぐ⁉︎」


 ガォオンッ‼︎‼︎

 と途轍もない音を轟かせ、ガードしたエルザを大盾ごとブッ飛ばした。

 直後突っ込んできたニーズヘッグを軸足を一歩引くだけでスルーして軽くジャンプ、リヴァイアサンの雷球を華麗に躱し大戦斧を片手で振り上げる。


「ヌォオ⁉︎」

「っ」


 衝撃波で自分の体を押し飛ばし、間一髪凶刃から逃れたニーズヘッグは、地面をズッパリと裂いたアリアからドタドタと逃げる。


「ヒュドラ殿‼︎」


「分かってお」

「――『Avalon』」


「「「「「っ⁉︎」」」」」


 七体の龍は、広大なドーム内に星夜を幻視する。


 降り始めた壊毒が霧散し、石化の邪眼が効力を失い、アラクネが操っていたガラハッドの死体と骸骨騎士がバラバラと崩れ落ち、サラマンダーの火炎放射がポッと消え、リヴァイアサンの超帯電が解け、エルザの精神干渉が無効化される。


 空間全域を包んだベールが、領域内から全ての『悪性』を浄化した。


「ホッホッホッ‼︎ アヴァロンとはのぉ! 皮肉か小娘‼︎」

「ッ?」


 ヒュドラが振り抜かれた戦斧に噛みつき受け止める。


 迫る九本の首を前にして、アリアの腕にビキビキと青筋が走る。直後手首のスナップだけで戦斧を回転させ、大顎を爆散、反応の遅れた七本の首をぶった斬り着地、サラマンダーの炎拳に拳を合わせ腕ごと殴り壊した。


「ダァチクショウッ⁉︎ 炎が消える‼︎」


「どうなってんだよこれっ、僕の目が――っ⁉︎」


 睨みつけてくる蛇龍に嫌な気配を感じ、アリアが地を踏み抜く。

 バジリスクの眼球をくり抜こうと腕を伸ばした彼女を、横から突っ込んだエルザが弾き飛ばした。


「落ち着いてバジリスクさん」


「あ、ありがと」


「いえいえ」


 地面に戦斧を突き立て減速し、ゆらりと体勢を整えるアリア。


「……フゥゥっ……フゥゥっ」


 度重なる戦闘に疲弊し、汗と血を垂らし体から蒸気を上げる少女一人を前に、使徒ともあろう龍種が息を呑む。


「エルザよ、気絶は厳しいかもしれんぞ? 手加減していてはこちらが殺られる」


「こんなに強くなって……」


「……。聞けお主ら、アーサー相手に能力は使うな。魔力を無駄にするだけじゃ」


「俺様の炎が出ねぇッ⁉︎」


「騒ぐでないサラマンダー。体外の魔力は消えても、体内魔力は操れる筈じゃ。ニーズヘッグ、お主が頼りじ――」


 ――瞬間地面を砕き蹴り抜いたアリア。


 驚愕と恐怖に丸くなるニーズヘッグの目に、ゆっくり、ゆっくりと振り上げられた拳が迫ってくる。


「――ぁ」


 ――拮抗は一瞬。

 振り下ろされた拳骨が衝撃波を貫通、ガントレットが砕け飛び、「ぷギョッ⁉︎」と情けない音を立てたニーズヘッグごと大地を波状に吹き飛ばした。


 しなるリヴァイアサンの長大な尾が、即座にアリアを弾き飛ばし天井に激突させるも、


「……」


 右腕と額からポタポタと血を垂らすアリアが、瓦礫を押し退けムクリと立ち上がる。


「「「「「「……」」」」」」


 床に散乱していた龍達の死体を片付け終えたアラクネが、よっせよっせとニーズヘッグも運んでいく。

 そんな光景から目を逸らし、ヒュドラは戦斧にもたれる彼女に溜息を吐いた。


「さて、お主も限界じゃろう? 諦めてはくれんかの?」


「フゥっ、フゥっ」


「アリア……、」


「フゥっ、フゥっ」


「……よいな、エルザ。殺す気で行く」


「フゥっ、フゥっ、フゥっ……」



 ……頭は熱いのに、体は寒い。


 思考はフワフワしているのに、感覚は研ぎ澄まされている。


 まだ動ける。まだ動ける。


 いよいよボヤけてきた視界に、アリアは戦斧を握り締め何とか気を保つ。


 敵がボヤけると、気持ちもボヤけ出す。


 押し留めていた感情が、再び胸の内から湧き上がる。


 ボヤけるドラゴン達が、羨ましく思えてしまう。

 共に戦う仲間がいる彼らが、どうしようもなく羨ましく思えてきてしまう。

 作戦を立てて、協力して、私を倒そうとしている。

 私はそんことできないのに、したことないのに。


「フゥっ、フゥっ」



 ……エルザには仲間がいるのに、私は一人だ。



「フゥっ、フゥっ」



 ……敵は楽しそうに戦っているのに、私は辛い。



「フゥっ、フゥっ」



 ……何で、何で私だけ。こんなに辛いのに。



「フゥっ、フゥッ」



 違うっ、ブレるなっ、違う! 違う違う違う! 私は騎士王だ! 一人でもっ、一人でもッ……



「フゥッ、フゥッ! っ、っ、……」



 地を蹴り翼を広げ、ドラゴンが迫ってくる。



 ……動かなければ。動く筈だ。私はアーサーだ。私は……私はっ。



 今にも力が抜けてしまいそうな指で、震える指で、アーサーは大戦斧を握り構えた。





 …………誰か、褒めてよっ





 もう泣かないと決めた筈のアリアの頬を、一筋の雫が伝い落ち







 ――「ッオルァアァァサァアア‼︎‼︎」






「「「「「「「「⁉︎⁉︎⁉︎」」」」」」」」


 瞬間、岩壁をブチ抜き破壊し戦場に躍り出た漆黒の巨体に、アリアの目が見開かれる。


 真っ赤でまん丸な目と、トラバサミの様にギザギザな口。

 凡そ人とは思えない人型のそれが何なのか、誰なのか、考えずとも私には分かってしまった。本当に癪だが、分かってしまった。



 ――彼が言ったのだ、私を助けると。



「キリ、マサぁっ」


「ッよぉく頑張ったぞアーサーあ⁉︎」


 遅々として動く景色の中、東条の目に映る血だらけのアーサーと、今にも彼女に襲いかかりそうな龍達と、知らんけどあの人に似ている龍人と、

 ――理解。


 ――空気の膜が弾け、雷鳴が轟いた。


「ッヌグォ⁉︎」「ッ東ゴア⁉︎」「ッまたかヨゥゲ⁉︎」「グゥ⁉︎」「ッッ⁉︎ ……」


 迫ってきていた筈の龍達が一瞬にして四方八方に吹っ飛び、盛大に土煙を上げる。

 アリアはその尋常でない速度にポカンと口を開け、自分の前で急ブレーキをかける男を見つめた。


「――ッ可哀想でえっ、消えた⁉︎」


 なぜか『雷装』が霧散してしまい、東条は慌てて漆黒を纏い直す。こっちは消えない。そんなことより。


「っおいアーサー、大丈夫か⁉︎」


「……キリマサ、……本当に、助けに来てくれた」


「あ? おう、来たぞ! ノエル! 早く回復回復!」


 プニルにまたがり「ぐぬぬ」と唸っていたノエルが首を振る。


「んー無理、出せない。アーサーのせい?」


「あ、ああ。私のcellだ」


「マジかよ早く解け!」


「毒降ってくるぞ」


「お前絶対解くなよ⁉︎」


「プニル! やー!」「ヒヒィインッ!」


「おまっ、一人だけ逃げようとすんな⁉︎」


「……っぷ、ふふっ、アハハっ」


 ヤンヤヤンヤといきなり騒がしくなった自分の周りに、アリアは思わず吹き出してしまう。

 怪訝な目を向けてくる二人に、彼女は涙を拭いて嬉しそうに戦斧を担いだ。


「おいおい、体は?」


「問題ない。治った」


「嘘つけ」


「……もし卿が獣化系だったら惚れていたぞ」


「マジか、獣化系じゃなくてよかったわ」


 互いに睨み笑い合い、東条は前に出ようとする彼女を抑える。


「ちょっと休んでな。話してくるわ」


「……そうか。甘える」


 倒れる様に座ったアリアが、ノエルの指先から垂れるノエル水を咥え微量ながら回復を図る。



 東条は完全に戦意喪失してグデっている龍達へと、スタスタと小走りで向かう。


「っおい、おいヒュドラっ!(ボソ)」


「何じゃまったく、聞いとらんぞ貴様っ(ボソ)」


 一応怪しまれない様に首の一つにヘッドロックをかけながら、コソコソと話し合う。


「それはすまん! 訳あって彼女は守る。引いてくれ!(ボソ)」


「儂らとてあ奴を殺す気はないわ!(ボソ)」


「ボロボロじゃねぇか!(ボソ)」


「強すぎるんじゃあの小娘っ。割り込んできたんじゃ、お主が何とかせいまったく。エキドナよ、見ておるな? すぐに転移を頼む。……エキドナ?(ボソ)」


「……東条さん?」


 そこへ歩いてきた銀色の龍人を見上げ、東条も立ち上がる。


「えーと、エルザさんでいいんですよね?」


「はい」


「まぁ正直、薄々あなただろうなぁとは思ってましたけど」


「あら、本当? 上手く隠していたつもりなのだけれど」


「個人的にあんな話されればねぇ。……まぁそれはそれとして、アーサーの手前、一発殴らせてもらいますよ」


「ええ。構いませ――ッ⁉︎ …………ゲホッ、ゲホッ、」


 殴り飛ばされたエルザが、パラパラと砕ける鱗を抑え苦笑する。


「理由がどうあれ、あんたはアーサーを裏切った。国がどうこうより、俺はそっちにムカついている」


「ふふっ、あなたら」


 瞬間エルザを含めた龍達の姿が消える。転移だ。


「……エキドナの奴、セリフくらい最後まで言わせてやれよ」


 東条は回れ右し、呑気に寝っ転がっているアーサーをケラケラと笑う。


「おい気ぃ抜きすぎだろ? 死ぬぞー」


「しー」


「ぉ?」


 贅沢にもノエルの膝枕でくつろいでいる彼女の顔を覗き込むと、可愛らしい寝息を立てているではないか。


「気絶しちゃった」


「まぁ、こんだけ戦えばな」


 うずたかく積もった龍の死体を目に、東条も座りプニルに背を預ける。

 気絶してくれたのは好都合。とりあえず目的は達成だ。



 ……何とも安心しきった顔で眠る彼女に、東条もノエルと笑い合い目を閉じた。



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