騎士王
……夢であってほしい。
ここに来てからの全てことが、私のくだらない夢であってほしい。
私の特権だった、あの優しくて、温かくて、落ち着く笑顔が、今は宿敵であった筈のドラゴンに向けられている。
……どうか、夢であってほしい。
しかし、夢ではない。
無情な程に、夢ではないのだ。
……ランスロットは、エルザは国を捨てた。
ガウェイン卿とパーシヴァル卿、ベオウルフ卿も死んだ。
他の二人もどうなっているかは分からない。
……また、一人か。
「グスっ、…………フゥゥ」
一つ一つ浮かび上がってくるエルザとの記憶を、しっかりと胸の奥にしまい、今この場に邪魔な感情を息吹きと共に吐き出す。
……今更だろう?
「……――ッ」
精神拘束を弾き飛ばし、ブチブチと糸の拘束を引きちぎるアリアの全身から、星色のベールが吹き出る。
涙を拭く彼女を目に、龍側も口を閉じた。
「……確かに私はまだまだ子供だし、卿から見ればただの保護対象なのかもしれない。自国の汚さも知らず、国のために育てられた、ただの殺戮兵器なのかもしれない」
握られた彼女の手からポタポタと血が垂れる。
「エルザ、……私をナメすぎだ」
俯いていたアリアが、己の血で髪を掻き上げ恩師を睨む。
「私は私の意思で民を守り、国を守っている。
決して自国の利益にしか興味がない老害どものためでも、非人道的な研究者のためでも、盲目的に騒ぎ立てる民のためでもない。
それが人として在るべき姿であり、それが正道であるからだ。
……卿が私に人の命を尊さを、守るべき営みを、進むべき道を教えてくれたから、私は迷いなく剣を振るうことができだんだ。
最近と、友達もできたんだっ。可愛い物に興味だってあるし、趣味だってある! 自分の気持ちを、素直に話せるようにもなってきた。私は民が思う程よくできた英雄ではないし、国が望んだマシーンでもない。
……そう育ててくれたのは卿だ。私はあなたのおかげで、一人の人間として在ることができたんだ」
号泣するニーズヘッグの横で、エルザも涙を拭き、どこか嬉しそうに微笑む。
「卿らの怒りは受け入れよう。受け入れた上で、私はその全てを叩き潰す」
「ホッホッホ、それでいい。それが人とモンスターの健全な在り方じゃ」
これだけの使徒の眼光を受けて尚、一切引かないアリアを目に、エルザは自分が成長した彼女を見れていなかったことを反省し、同時に安堵する。
「アリア、あなたはもう立派なレディよ」
「ああ。私はレディ、だ?」
エルザがポケットから取り出した注射器に、アリアが訝しみ、ヒュドラが嘆息する。
「本当によいのか? 死ぬかもしれんぞ?」
「ええ。もうあの子には、心を許せる友達がいるもの」
「儂はお主の心配をしているんじゃがな」
「エルザ、何をっ」
アリアが止める暇もなく、エルザが自身の首に注射針を突き刺し何かの液体を注入する。
「グッ⁉︎ ぅうッ」
途端うずくまり苦しみ始めたエルザにアリアが駆け寄ろうとするも、ヒュドラが翼で遮る。
「貴様ッ‼︎」
「黙って見ておれ。これがこやつの覚悟じゃ。
人でありながら儂らに同情し、決して龍を狩ろうとはせず、後ろ指を刺されようと装備の一つにも龍の素材は使わず、しかし同時に、人の未来のために自らを犠牲にする覚悟も持ち合わせておる。
儂は、こやつ以上に立派な生物を知らん」
「っ、あの注射は」
「奴がエルザのために調合した、龍化遺伝子じゃ。
もしこやつが適合し成った暁には、儂らはエルザを盟友として迎え入れる」
「なっ、龍化⁉︎」
ビキビキと鉱石の鎧が割れ、内側から銀色の翼が突き出る。
銀色の尾が地面を打ち、顔は尖り、牙が生え、全身が鋭利な鱗に覆われ、解けた銀髪が底上げされた魔力に靡く。
「……フシュゥゥルルル。……あらやだわ、フシュゥとか言っちゃった」
立ち上がった美しい銀色の龍人に、ヒュドラが微笑む。
「成ったな」
「お揃いね、ヒュドラさん」
「クハハ! 美しいですなぁエルザ殿‼︎」
「あらありがとう」
「綺麗だ、エルザ」
「あなたもよアラクネ」
「ガハハっ‼︎ 前より強くなったのか⁉︎ 戦ろうぜ⁉︎」
「あらあら、まだ負けたりないの?」
「ふんっ。よかったねシワが消えて」
「ふふっ。ええ、ツルツルよ」
「その、ごめんなさいですわ。あなたのこと、侮っていましたわ」
「ふふっ、いいのよ。これからもよろしくね、リヴィ」
楽しそうに新たな仲間と語り合う龍人に、アリアは唇を噛む。
「っ卿は、人を捨ててまで……」
「ええ、これが私の覚悟。……見せてちょうだい、アリア。成長したあなたを」
「……『エクスカリバー』」
「……『アロンダイト』」
互いの手に漆黒の大戦斧が、聖銀の大盾と長剣が握られる。
「……引きずってでも連れ戻す」
「今日はもうお眠りなさいな」
エルザの龍眼と、アリアの赤らんだ瞳が交差する。
――瞬間衝突した戦斧と大盾が爆音を上げ、半径数mの地表を吹き飛ばした。
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