白き者達
「何で、何でよりにもよって、あなたがっ。私に護国の念を説いたッ、あなたがっ⁉︎」
「……そうね、流石に話しましょうか」
骸骨騎士が運んできた大岩に腰掛け、ランスロットはゆっくりと口を開いた。
「……あれは、肌を刺すような風が吹く、冬頃でしたね。
あなたの教育係に任命されて、初めてあなたと会った日のこと。
覚えているかしら、あの時、あなたはまだ一一歳だったのよ。……こんなに小さくて、お人形さんみたいで、いきなり来た私を見て怖がっていたわね。
ふふっ、……それがこんなに立派に、美しく育ってくれて。
……ありがとう、アーサー。……いいえ、
「っ、」
その名を呼ばれたのは何年振りか。自身にアーサーで在れと言い聞かせて幾年、捨てたはずの名を耳に、彼女は息を呑んだ。
「……親元から強制的に離されて、振るったこともない剣を握らされて訓練する日々は、本当に辛かったでしょう。
政府は年端もいかないあなたを大々的に報道し、国民はあなたという人間を見ようともせず、伝説の騎士像を押し付けていました。その欲と利権に塗れた期待に、あなたが部屋で一人泣いているのを見る度に、私は上層部に異を唱えに行きました。……それでも、彼らは一向に変わりませんでしたけれど。
あの頃からでしょうか、私はこの国の在り方に疑問を持ち始めたのよ」
エルザはアリアの目を見ながら語る。
記憶をなぞり、思い出すように、忘れてしまわない様に。
「それから、そう、ヒュドラさんをあなたが追い払ったあの日」
「ヒュドラ、さん?」
「ほら、終焉の龍よ。あの日、完成したあなたを見て、上層部は歓喜に打ち震えていました。国のために、民のために命を捧げる、一騎当千の兵器を生み出すことができたんだもの。それはもうお祭り騒ぎでした。
……あなたの青春を奪い、兵器に育てたのは私。許されないことをした自覚はあったけれど、それでも私は、ようやく罪悪感から開放された安堵の方が大きかった。
これからあなたを支え、捨てさせてしまった青春を一つ一つ拾っていこう、そう思っていたの」
「……うん」
アリアの髪を愛おしそうに撫でるエルザの瞳がしかし、徐々に怒りに染まっていく。
「……そんな私に、ある命令が下ったわ。
曰く、一〇歳以下の子供達を集めた施設で、英雄育成の教鞭を取って欲しいと」
「え、そんな話はっ」
「知らないでしょう? 汚い大人にしか知らされていない、秘密プロジェクトよ」
円卓のトップにいた筈の自分すら知らされていない話に、アリアは驚愕し口をつぐんでしまう。
「人格がCellに多大なる影響を及ぼすことは、昨今の研究で明らかになっているの。でも、それはとてもデリケートな部分。だからあなたという最高傑作に携わった私に、白羽の矢がたったのでしょうね。
……要するにこの国は、自国の利益拡大と過去の栄光を取り戻すために、多感な子供達を収容して、人工的に英雄を生み出そうとするような人間が治める国なのよ」
「っそん、な、嘘だ」
エルザから目を逸らし、下を向いてしまったアリア。
足元には自分が斬り殺した龍の血が広がり、その奥から酷く狼狽し、怯えた自分が覗いている。
「……この話を聞いた時から、私に愛国心なんてものはないの。
怪我したヒュドラさんを捜索する中で彼に出会って、ドラゴン達と生活する中で私達がやってきたことの愚かさを知って、一緒に計画を立てて、……それでも私は人間だから、あの子達に会えないことだけが少し寂しかったけれど。
……ドラゴン達と過ごした日々の方が、地上の腐った人間達と過ごすよりも何倍も穏やかで、人間的な生活を送れたのよ。
勿論アリア、あなたと過ごした日々は、私の中では一生の宝物よ。でも……」
一度言葉を区切ったエルザが、俯いてしまったアリアの顔を上げて優しく微笑む。
「いいえ、だからこそ、私はあなたに手を差し伸べてはいけないの。
一緒に行きたいけれど、まだまだ教えたいことはいっぱいあるけれど、ここで別れなくてはいけないの」
「っ、別れ、何でっ」
「私は悪者で、あなたは心優しい正義の味方だからよ。
これはあなたがアーサーだからじゃない。アリアだからこそ、あなたは騎士の王なの。それを忘れないでちょうだい」
立ち上がるエルザに縋る様に、アリアは首を伸ばそうとする。しかし腕と足に刺さった聖釘と糸が邪魔して、前に進むことができない。
「っ待って、行かないでっ⁉︎」
「リセットされたブリテンには、あなたの様な心優しい光が必要なのよ」
「リセっ、何言ってんの! ねぇエルザ! ねえってば!」
ポロポロと涙を流すアリアに、見かねたアラクネが口を開く。
「我々の同胞の中で、最も怒れる龍が貴殿らの国に毒をばら撒く。その毒は子供には作用せず、固定観念に凝り固まった三〇代以上の大人のみ溶かし殺す」
「ぇ……は?」
「……アラクネ」
「何も知らないままではこの者があんまりだ。私を負かし、騎士道と剣技を教えてくれたのは貴殿だろう? 私は貴殿を尊敬している。故に、その者の弟子を無碍にすることはできない。姉弟子の様なものだ」
「……はぁ」
苦笑したエルザがアラクネを撫で、放心しているアリアに向き直る。
「彼女達の目的は国の滅亡。私の目的は膿の排除。その折衷案をとった結果です」
「っそんな、だからって、ッ残った若者達はどうするんだ⁉︎ 親を殺された恨みは連鎖するっ、ドラゴンとの確執は今よりもっと酷いことになるぞ⁉︎」
「残った者達が恨みの念を抱くことはありませんよ。計画から実行に移すまでに、充分な時間がありましたもの。
既に国境を基盤とした超大規模忘却術式を構築済みです。八体の使徒の魔力があれば、認識を改変させることも可能です」
「何て、ことを……」
目の前にいる人間が本当に自分の知っている騎士なのか、アリアは目を疑う。
誰が何と言おうと、そんなことが許されていい筈がないのだ。
「……そんなことをすれば、世界各国が黙っていないぞっ。ドラゴンの恐ろしさをより痛感し、今よりもっと苛烈に」
「違う。違うぞアーサー殿」
「っ、」
アラクネが前足を振る。
「前提が違う。
我々は、我々に手を出すなと言いたいのではない。我々に手を出した以上、滅びる覚悟をせよと通告するだけだ。
今回エルザの意見を呑んだのも、恐怖を伝える者を残すためにすぎない。
勘違いするなよ人間。我々は怒っている。これは復讐であり、蹂躙だ。
正義と悪の二元論で語るのはそちらで好きにやっていろ。
我々を狩りに来るというのなら好きにしろ、
我々を滅ぼすというのなら好きにしろ、
我々はそれ以上の暴力でもって、貴殿らを滅殺する。
人の子よ、そろそろ理解しろ。
これは個の尊厳をかけた戦争である」
怒りを露わに棘を逆立てるアラクネに、アリアも口を閉ざす。
その時だった。
「おうおう何キレてんだ? 珍しいなぁオイ⁉︎ ガハハハハ」
転移してきた全身ボロボロの巨大な火龍。
「っ、ッあ」
アリアは、サラマンダーがまるでジャーキーの様に噛みちぎる炎の断片の見て絶句する。
辛うじて原型の残っていた腕と鎧が、たった今大顎の中に消えて嚥下された。
「……ガウェ、ぃ」
「あら、勝ちましたの。予想が外れましたわ」
「んだとテメェこの野郎ッ⁉︎」
転移してきたリヴァイアサンが割れた聖杯を吐き捨て、
「はぁ、何でそう、君達はいつもうるさいんだよ」
バジリスクが投げ捨てた石化した大槍が、地面に落ちて砕け散る。
「おお! 久しぶりですなぁエルザ殿‼︎」
「ふふっ、久しぶりニーズヘッグさん。……あら、ファフニールさんは?」
「それがですなぁ、邪魔をするなと追い返されまして。ポーカー? で遊んでおられましたよ。本当自由な方ですよ全く‼︎」
愉快愉快と笑うニーズヘッグの横から進み出る、ブリテンで最も有名で、最も恐れられている白き獣龍。
「息災か、エルザよ」
「ええ。ヒュドラさんも、お元気そうで」
「ホッホッホ、主には勝てんよ。……して、久しいのぉ。騎士王」
一斉に向けられる使徒の重圧に、アリアは悲しみと怒り、悔しさと不甲斐なさ、自分でも分からないごちゃ混ぜの感情に耐える様に、
唇を噛み締め俯いた。
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