61話
バジリスクの住居近くの岩床地帯。
平らにならされた円形の大広場にて、連続する金属音が鳴り響き、魔法の衝突に煙が舞う。
拳一発で地面が陥没し、吐き出される炎が地表を溶かす。
男子勢の中でも一番デカい黒い肌の男子と、鋭い雰囲気を纏った赤い鱗の女子が、広場の中心で絶賛模擬戦闘中である。
「やっちまえオルグ‼︎」「日頃の恨みを晴らすんだ‼︎」「そこだ!」「いけ‼︎」「違う左だろ‼︎」「遠距離は卑怯だぞォ‼︎」「うるさい男子‼︎」「やっちゃえリン‼︎」「いけー!」「頑張れー!」
飛び交う応援の中、男子の腹に掌底が突き刺さる。体内を貫通した炎が背中から吹き出て、彼の巨体を数m吹っ飛ばした。
「そこまでじゃ」
ヒュドラの静止に、立ちあがろうとしていたオルグが悔しそうに地面を殴る。
勝利に湧く女子達に手を振ったリンは、焦げた腹をさすっている彼に手を差し出す。
「ん」
「……チッ」
数秒の睨み合いの後、苦笑したオルグが彼女の手を取り立ち上がった。
二人に大きな拍手が送られる。
「次は負けねぇ」
「何回目よ、それ」
「っウルセェ!」
「あんた無駄に頑丈なんだからさ、もっと脳筋らしく突っ込んできた方が良いよ。私の土俵に合わせすぎ」
「ぐっ。テ、テメェだって、今日の炎はぬるかったぜ? 徒手格闘に意識持ってかれてんじゃねえか?」
「何負けた奴が説教してんの? 自分の反省しなよ」
「ぐうッ」
「やめとけオルグ!」「正論だ‼︎」「口じゃ勝ち目はねぇ!」「それ以上自分の傷を広げるな⁉︎」「やっぱリン強ぇな」「ああ、美人だしな」「早く戻ってこい、慰めてやるから」
「テメェらはどっちの味方だオラァ⁉︎」
ズカズカと男子グループに戻っていく彼に、東条も拍手を送る。
……いや、レベルたっか。恐らくあの二人、戦闘力だけなら日本でいう一級調査員レベルだ。
他の子達の練習風景も見ていたが、一番小さい子でも二級レベルの実力がある。小学校低学年がミノタウロスと殴り合っている光景を思い浮かべてほしい。おかしくないわけがない。
東条は隣でニコニコと彼らを眺めているヒュドラをこづく。
「あんたがここまで?」
「ホッホッ。あの子らは、生まれた時より殺しの天才じゃ。儂はその才能を研いでいるにすぎんよ」
「……殺しの才能をね」
「何を忌避する、お主もまた殺しの才に恵まれた者じゃろう? 自分はよくて他人はダメというのは、些か傲慢にすぎんか?」
「そういうことじゃねーよ」
ヒュドラがゴロゴロと笑う。
「ホッホッホ、分かっておるわ。しかしお主が思ったよりよい人間でも、王ノエルが人間の味方につこうと、儂が人間の側に立つことはない。それはあの子らとて同じことじゃ。
なればその時に少しでも生き残れるよう、あの子らを鍛えてやるのが儂の努めよ」
「……世知辛ぇな」
「……うむ、世知辛いのぅ」
明るい光景の中について回る仄暗い闇を、彼らに寄り添いアドバイスや実演をしているエキドナ達ドラゴンを、東条とヒュドラは見つめる。
そこへ、さっき戦っていた赤い鱗の少女が歩いてくる。
「マサ、少しいい?」
「ん? えっと、君は」
「リンよ。手合わせお願いしてもいい?」
その一言に、小さな歓声が上がる。
東条がヒュドラを見るも、ホッホッと笑うだけ。
……ノエルの奴、何を話しているのかと思えば、煽ったか? 期待の目を向けられる東条は、仕方なし、と笑って立ち上がった。
「何割がいい?」
「え?」
「何割出してほしい?」
ムッとしたリンを前に、東条はニヤニヤと間接を伸ばす。
「……六割」
「六? 六はcellありだぞ?」
「構わない」
妙な緊張感の中、向かい合う二人。
構える彼女に、東条も半歩右足を引いた。
一分後。
「ッ、ひゅっ、はひゅっ、っ⁉︎」
「大きく息吸って〜、焦らず、呼吸整えな」
腹を抑えて膝をつき、目を見開いてよだれをポタポタと垂らすリンに、場が静まる。
東条は彼女の背中を撫でながら、周りを見回す。
「次やりたい人」
「「「……」」」「……お前いけよ」「いやお前行けって」
少しやりすぎたかな? と思いつつも立ち上がったその時、子供達の中から一本の手が上がった。
「お願いします」
「ったく、どんだけ俺のこと好きなんだよ?」
「それはもう……とっても、ですよ」
甘いマスクで微笑むジャックに、東条は呆れる。ただ、周囲の反応は少し違う。前に出てきた彼を見て、エキドナや子供達が心底驚いている。
「え、ジャック?」「マジ⁉︎」「普段は勝負事を好まないから、一度も本気を出したことがないと噂のあのジャックが⁉︎」「実質俺達ランキング最強と名高いあのジャックが⁉︎」「男子最強を自称するオルグに呼び出されて、逆にボコボコにして血祭りにあげたと噂の⁉︎」「あの⁉︎」「ジャックが⁉︎」「ッウルセェぞテメェら⁉︎ なんで知ってんだそのこと⁉︎」
なるほど説明ありがとう。
苦笑しながら歩いてくる彼に、東条は「ふーん」と相槌を打つ。
「裏番ってか? 案外厨二なんだな」
「やめてくださいって、彼らが勝手に言っているだけです。戦うの別に好きじゃないですし」
「じゃあ何でここに?」
「東条さんは好きだからです」
「口説いてる?」
女子達からの黄色い声援にお互い笑う。
「何割がいい?」
「三で」
こいつ……、謙虚なのか腹黒いのか、くえない奴だ。
吹き出しそうになった東条は、身体強化だけ纏って構える。
「いつで――」
――直後東条の眼球を貫かんと迫る、鋭利な五指。
嬉々として歪む頬と、傲岸不遜に歪む頬が、
「嘘つきめ」
刹那の間に交差した。
五分後。
「ッおい⁉︎ 僕の家にボロ雑巾投げたの誰だよ⁉︎」
一直線に削れた破壊跡の向こうから聞こえるバジリスクの声が、静まる岩床地帯によく響く。
「あ〜……、やっちまった」
真っ二つに割られた漆黒が、空中で霧散する。
岩に引っかかり、ピクリとも動かなくなったボロ雑巾に苦笑しながら、東条は頬に付けられた赤い線を拭った。
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