60話


 ログハウス近くの原っぱで、早急に昼食を食べ終えた男子達がサッカーやドッヂボール、組み手をしている。

 東条は隅の木陰に座って焼き魚をバリバリと食べながら、そんな光景を眺めていた。


 東条の膝の上に座っているミェルが、約束通り二つ貰ったフルーツを手に取り彼を見上げる。


「いる?」


「ん〜? ミェルが食いな」


 ミェルは隣にいるジャックを見るが、彼も微笑みで肯定する。


 フルーツを頬張るミェルの元に、女の子達が駆けてくる。


「ミェル隠れんぼしよ!」「一緒にやる?」「水の中はなしね!」「マサもやろー!」「あれ、ジャックだ!」「男子とサッカーしないの?」


 膝から飛び降りて振り向くミェルと女の子達に、東条は焼き魚を振る。


「俺はもうちょっとゆっくりしたいから、遊んできな」


「僕も今日はゆっくりしたいんだ。行っておいで」


「う、うん」「やっぱりジャックカッコいいよね(ボソ)」「マジイケメン(ボソ)」「またね!」


 頬を染めて去っていく彼女達。

 微笑んで見送るジャックに、東条はジト目を向ける。


「モテモテだな」


「あははっ、懐かれているだけですよ」


 ケッ、と唾を吐いた東条は、原っぱで遊んでいる子達をボーッと眺める。


「……皆年齢もバラバラなのに、仲良いのな」


「違いますよ東条さん。僕達は体格と精神こそ個体差はありますが、年齢は皆一緒です」


「え? だって」


 東条はミェルの背中を指差してから、ジャックを指差す。


「そういう形で生まれたというだけです。父さんは僕達の形には興味がないみたいですから、適当に作ったんじゃないですかね? 会ったことないから知りませんけど」


「父さんねぇ」


 昨日の話を思い出していた東条をチラリと見て、ジャックは遠い目をする。


「……やっぱりクズなんですかね。僕達の父は」


「……昨日の話聞いてたのか?」


「気になっちゃって」


「すまん」


「いえいえ。……エキドナと東条さんは僕達の境遇に怒ってくれていたけど、正直僕達はそこまで気にしていませんよ。僕達は父のことが心から好きだし、父のためなら死んでもいいと思っています。

 見たこともないのに、生まれ落ちた時から」


「……それが」


「はい。父によって設定された感情なんでしょうね。だとすれば、自ずと僕達の用途も分かってきます」


 ジャックは笑顔で遊ぶ兄弟達を見てから、自身の手の平を見つめる。


「……武器。僕達は父の武器なんでしょうね。然るべき時に、人間を殺すための」


「お前達はそれを分かった上で?」


「はい。父を愛しています」


 口をへの字に曲げる東条を見て、ジャックはクスクスと笑う。


「きっと、これは普通じゃないんでしょう。僕達はそれを当然のこととして捉えているし、違和感も持っていないけど、エキドナと東条さんは違う。

 たぶん、そっち側が『正解』なんでしょうね」


「大人だな。この環境にいて、そこまで客観視できんのか」


「……僕、他の兄弟達より、少しだけ人間の因子が濃いみたいなんです。

 皆はエキドナと自分達の間にある、感情や感覚の差異に気づいてすらいないですけど、僕は本物の『人間』の感情も分かるには分かるんですよ」


「……苦しくないか?」


 憐れみの目を向ける東条に、ジャックは驚いた表情を浮かべる。


「ふふっ、あははっ」


「……何だよ」


 東条はいきなり吹き出したジャックを訝しむ。


「ふふっ、……やっぱり東条さん、エキドナに負けず劣らずいい人ですね」


「当然だろ。俺はいい人だ」


「はい。尊敬できます」


 苦笑する東条に、ジャックがズイッと寄る。


「昨日の東条さんのお話、凄い面白かったです。もっと聞かせてくださいっ」


「いいぜ、どんなこと聞きたい?」


「地上のこと、人間のことを。本当の人間は、どういう暮らしをして、どういう物を食べて、どういう風に人を愛すのか、全部教えてください!」


 ……キラキラと目を輝かせるこの子を、本当に人と呼んではいけないのだろうか? だからと言って、憐れみを向けることも違う様な気がして。

 どう接するべきなのか、人であった者として諭すべきなのか。


 東条はそんな葛藤や疑問を一旦胸にしまい、笑顔で彼の問いに一つ一つ答えていった。

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