白い弾丸
三軒あるログハウスの内、とりわけ大きな一軒の扉を押し開ける。静かに中を覗き込んだ東条とノエルに、一斉に子供達の目が向いた。
講義に遅刻した時の羞恥を思い出し、東条は身震いする。
「あ、マサ!」「マサだ!」「こんにちはー!」「こんにちはノエルちゃん」「もう昼だぞー」「いつまで寝てんだよ〜」「あははっ」
騒ぎ始める子供達に小さく手を振りながら、東条は室内をぐるりと見渡す。
アーチ型の室内に、後ろにつれて段々と高くなっていく席。一番前に大きな黒板と教卓があり、チョークを持ったエキドナがこちらをジト目で睨んでいる。
まんま大学の大講義室だ。懐かしい。
室内に頭だけ入れているリヴァイアサンと、ぬいぐるみのアラクネは、手を挙げている生徒の所へ行き解説をしているようだ。
チューターみたいなもんか。よく出来ている。
「……何の用?」
チョークを置いたエキドナが、入ってこようとする二人に溜息を吐く。
「いやぁすみません、寝坊しちゃって」
「呼んでないけど?」
「そんなこと言わずに、お願いしますよ教授」
「ん。単位ギリギリ。出席点大事」
「何を言っているのよ、あなた達は。……はぁ」
エキドナが室内を見回す。
すると元気良く手を振る女児が一人。
「マサ! こっちこっち!」
昨日ぶりのミェルちゃんがニパっと笑う。
「……あそこに入れてもらいなさい」
「はーい」
「ノエル〜こっちおいで」「一緒に受けよっ」
「ん」
「っズルいぞ女ばっか!」「そうだそうだ!」「はぁ? 何? ノエルのこと好きなの?」「っバッ、チゲーシ‼︎」「何で二人とも女の隣なんだよ‼︎」「っあんたらの隣にノエルを座らせるわけないでしょ!」「早いもの勝ちよ!」「っくぅ、キリマサ! こっち来いよ!」「おう! 一緒に受けようぜ⁉︎」
「……え、やだよ。俺女性の方が好きだもん」
「っチクショウ‼︎」「やっぱダメだあいつ⁉︎」「ダメ男だ‼︎」
騒々しくなる講義室に、カンッ、と乾いた音が響く。
一瞬で静かになる生徒達。
「……授業を再開します」
エキドナの一声で、男女は睨み合いながらも席についた。
……黒板に描かれた二次関数のグラフを、エキドナが丁寧に説明している。科目は数学、中三くらいの範囲か。
東条は膝の上で熱心にノートをとるミェルのケモ耳を弄りながら、黒板を眺める。
「……レベルたけぇなぁ。クラスとかないのか(ボソ)」
「はい、どの授業も皆一緒ですよ(ボソ)」
東条が隣からの声に横を向くと、顔を寄せてきた男子が柔和な笑みを浮かべた。
歳は一四くらいか。
タレ目が特徴の、爽やかな黒髪男子。
容姿は殆ど人間で、たぶん街を歩いていても気づかない。
強いて差異をあげるなら指が多関節なことくらいだが、その指も細く色白で女性的な美しさがある。
加えて、……人間の自分から見ても、すんごいイケメンだ。
「す、すごいイケメンですね(ボソ)」
「? あははっ、ありがとうございます(ボソ)」
朧に並ぶ、しかしまた別ベクトルのとんでもイケメン。朧は氷を人型にくり抜いた様なクールさと棘があるが、この子はまた違う。
女を依存させる抜け感と、大人っぽいのにふとした時に出る無邪気な笑みっ、こういうのが一番女を沼らせるんだ!
「まずい、俺は既に君のことが嫌いかもしれない(ボソ)」
「初対面でそんなこと言われます?(ボソ)」
「イケメンはて――」
ダァンッ! と室内に銃声の様な音が響き渡る。
チョークで撃ち抜かれた東条の頭が、後ろに倒れそのまま動かなくなった。
「……私語を慎め、変態が」
手を払ったエキドナが、苦笑いを浮かべている共犯者に笑顔を向ける。
「ジャック。当然、今出した問題は答えられるのよね?」
「あー……」
万事休すか。
ジャックと呼ばれた男子が、隣で無様な姿を晒している男に自身の未来を幻視した、
その時、
「ん?」
チョイチョイ、とジャックの服が小さく引かれる。
そこには、口元に人差し指を当て、自身のノートをチョンチョン、と指差すミェルが。
「……Y=マイナス2X2乗マイナス5Xマイナス1です」
「……正解よ」
「ありがとうミェル(ボソ)」
「うんっ」
全然コソコソできていないコソコソ話にエキドナは溜息を吐き、新しいチョークを取り出す。
「それとミェル?」
「ぎくっ」
ミェルがぎくっとする。
「……今日の昼食、デザートを二つ食べていいわよ」
「やった!」
万歳する彼女に、教室が笑いに包まれた。
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