一日目
天蓋付きの無駄に豪華なベッドで目を覚ました東条は、無駄に輝いている掛け布団を足で退かして上半身を起こす。
「…………ふぁ〜」
大きく体を伸ばして眠気を払い、まだ横で丸まっているノエルを起こさない様にベッドから降りた。
山の様に積まれた金銀財宝の上で、目を開けたファフニールが首をもたげる。
「おはようファフ兄」
「……ゴルルル」
喉を鳴らし再び目を閉じる黒龍の横を通り、東条は無駄に豪華な大扉を開けた。
聞いたところ、ここはファフ兄の宝物庫らしい。あのベッドも、ファフ兄が宝の山から引っ張り出してくれた物だ。
東条は薄暗い洞窟の中を少し歩き、天井から地下水が滴っている部屋へと入る。
昨夜も使った花石鹸を手に取り、キンキンに冷えた冷水で朝シャンをキメた。
途中追いかけてきたノエルの髪を拭きながら、宝物庫に帰った東条。
龍人形態に変化したファフニールが、二人を連れて隣の涼しい部屋へと移動する。
「ここは?」
「食料庫だ。ここで食え。財宝に果汁が飛んだら大変だからな」
東条は投げ渡された果実をキャッチし、シャクッ、と一口。
あ、美味い。少し酸味の強いリンゴの様な味がする。
この部屋には肉や魚の類は一切なく、木の実や果実が整理され綺麗に並べられている。ドラゴンにも食の好みがあるらしい。
色とりどりの果実を囲み、三人で床に座って朝食をとる。
「それで、昨日言っていた『げーむ』とは何だ? 詳しく教えろ」
見つめてくる黄色い瞳に、東条は「あ〜」とリンゴを齧る。
「何つーかなぁ、今でこそ世界には魔法とかモンスターが溢れてるけど、つい最近まではそんな常識なかったのな?」
「ふむ」
「でも人間の中にはそんなロマンを諦めきれなかった奴らがいてな、そいつらは思ったわけだ。……現実で超常現象を起こせないなら、次元を一個落としてゼロから世界を作ってしまおう、ってな」
「ほう」
「ゲームの中にも、ロールプレイングとかアクション、アドベンチャー、シューティング、ボドゲとか色々あんだけど、そこはおいおいかな。
んまぁ要するに、ゲームってのは自分の分身を別世界に送り込んで、そこで感じた興奮や感動を擬似体験する行為、かな?」
「財宝は」
「創造主はな、その世界に色々な形で宝を用意するんだ。分かりやすいレアアイテムもあれば、称号やトロフィー、キャラそのものが宝物になることもある。捉え方次第さ、財宝は無限にある」
「……興味深いな」
熟考していたファフニールの手から、一齧りしただけのラフランスが掠め取られる。
……彼は両頬を膨らませたノエルを一瞥し、目を逸らす。
「……いいだろう。貴様の誘いに乗ってやる」
「お、マジ?」
「猶予を与えるだけだ。つまらなかったら無論、人類は絶滅させる」
「ありがたやありがたや」
立ち上がったニーズヘッグが、キョロキョロと遠くを見る。
「……あのオオトカゲはどこだ? 気配がないが、死んだか?」
「オオ、あぁニーズヘッグ? 昨日石にされて湖に沈められてたぞ」
「フン、いい気味だな」
朝食を終え洞窟を出た三人を、入口で見張りをしていたプニルが出迎える。
ノエルに撫でられるプニルは、物怖じせずにファフニールに近づきその面を見下ろす。
「……いい個体だ」
「ブルルッ」
「……殊勝な心がけだな」
「いい?」
「我に許可を取る必要はない。この山脈に住んでいる龍種は、戦力として連れてきただけの駒だ。好きに殺せ」
「殺しちゃダメだぞ。あと殺されないようにな」
「ん」
「フブルルッ」
嬉しそうに山を超え、修行の旅に出るプニル。
AVALONでは、そこら辺を何気なく歩いているドラゴンでもLv.7をザラに超える。プニルにとっても良い経験になるだろう。
移動した三人は湖のほとりに立ち、石化したニーズヘッグを引っ張り上げた。
踵を返したファフニールは、アホ面を晒しているトカゲの首根っこを掴み引きずっていく。
「皆に挨拶しないのか?」
「我をあの女どもと一緒にするな。この場所にも、奴らにも、思い入れなどない。
我が手を貸すのはブリテンを滅ぼすまでの間だけだ。三日後、我はすぐにこの地を離れる」
「そっか。ま、俺が口出すことではないわな」
「ああ。口を出すな」
去っていくファフニールに背を向け、東条とノエルはログハウスへと向かった。
「……起きろ」
岩場へと来たファフニールは、トグロを巻いている彼に面白トカゲを掲げる。
珍しい来訪者を前にして、眠たげなバジリスクが心底嫌そうに鎌首をもたげた。
「……何だよもぅ。昨日酷い目にあったんだからさぁ、もうちょっと寝かせてよ」
「こいつを戻せ」
「後にしてってぇ」
「今だ。永眠させるぞ」
「……」
「……『
「っ分かった分かった! ああもうっ、何で僕の周りには変な奴しか集まらないんだよっ」
石化が解けていき、意識の戻ったニーズヘッグが動き始める。
「おやっ⁉︎ おやおやおや⁉︎ もしかして吾輩、石化させられていたのですカナ⁉︎ これはこれはファフニール殿! 遂に引きこもり卒ぐゲェ⁉︎」
「やる」
「さっさと行ってくれよもうっ」
バジリスクは投げられた果実をパクリと咥え、頭をトグロの中に引っ込めた。
ニーズヘッグの喉元にめり込んだ指が、メキメキビキビキと嫌な音を立てる。
「先にかけておいたのだが、……能力が使えないか? 良い呪いを引いたな」
ひっくり返りばたつくオオトカゲを、ファフニールは無表情で引きずっていく。
「ッ、ゆる、べでくだっ⁉︎ でっ、デェ‼︎」
「……」
「っゼハァ⁉︎ いきなり何をするんですか⁉︎ 殺す気ですか⁉︎」
「……それもいいな」
「一考の余地あり、じゃないんですよ⁉︎ 吾輩に何の用ですか⁉︎ 吾輩も皆と一緒にあの御二方のお話を聞きたいのに‼︎」
「貴様人間の技術に詳しいだろ。あの不可思議な板を貸せ」
「タブレットですかな? あれはこの前壊してしまって、今はスマホしか持っておらず、ですがあれらはWi-Fiがないと機能しませんし、吾輩はいつも前線基地から漏れる5Gを拾っているのですが。あ! 作るのでしたら是非ともメアドを交換しましょう! ノエル様のチャンネルのリンクも貼りますので! ソシャゲもやります? 今吾輩がハマっているのはブルーアぐゲェ⁉︎ 何でェ⁉︎」
「……(意味の分からない単語の羅列。攻撃魔法の術式詠唱か? 会話に混ぜるとは、やるな)」
数度痙攣した後、白目を剥いて動かなくなったそれを引きずり、ファフニールは地上付近にあるニーズヘッグの住居へと歩を進めるのだった。
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