えぇ


 憎悪を新たにしたヒュドラは、顎を地面に下ろして東条を見つめる。


「……すまんのぅ、話が長くなってしもうたわい。年寄りの悪い癖じゃ」


「いや、いいよ。それにまだ生まれて五、六年しか経ってねぇだろ。俺より年下だ」


「っホッホッホ! そういうものとして受肉したのじゃ。そこは受け入れてくれ」


「分ぁってるよ」


 ゴロゴロと笑う彼に、東条はやるせない気持ちで目を伏せる。


「その、何だ、すまねぇ。辛い話させた」


「よいよい。儂も改めて己の為すべきことを自覚できた」


 ノエルがニーズヘッグを見る。


「むむ! 気になりますかな? 吾輩は捕獲された後、兵器開発の被験体として飼われておりました! 吾輩の体はエネルギーを吸収してしまいますからな! 加工が難しかったのでしょう! クハハっ‼︎」


「ショックで頭おかしくなっちゃったんだ」


「っこれは元からですぞノエル様⁉︎ あ、因みにサラマンダー殿とアラクネ殿も一緒に捕まっておりましたよ‼︎ サラマンダー殿は無尽蔵の火力エネルギータンクとして、アラクネ殿は」


「ニーズヘッグ。他者の過去をおいそれと話すな」


「おっと。これは失礼、アラクネ嬢」


「死に晒しなさい、このエセトカゲ」


「手厳しいですな!」


 ニーズヘッグに軽蔑の目を向けるリヴァイアサンと共に、フワフワぬいぐるみが戻ってくる。

 ……ん? 嬢? あ、あの蜘蛛女の子だったんだ。東条は内心で失礼がなかった冷や汗をかく。


 ジッとぬいぐるみを見つめるノエル。


「……私の糸は並の鋼より硬い上に、精神を操る特性を持つからな。何かと重宝したらしい」


 言ってくれるんだ。


 ノエルがリヴァイアサンを見る。


「……わたくしは、棲家を追われましたの。化学兵器を撒かれて、生物の住めない土地になりましたわ。……汽水域近くの、美しい湖でしたのよ」


「確かバジリスク殿も同じ理由でし――」


 石化したニーズヘッグを、森から出てきたバジリスクが尻尾で掴み湖に投げ捨てる。


 ノエルは最後にエキドナを見るが、目を逸らされてしまう。


「言う必要がありますか?」


「ない。でも分かった。ノエルはお前達を応援する。がんば」


「ホッホッ、感謝しますぞ。ノエル様」


 ぞい、と拳を作るノエルに、皆の顔に明るさが戻る。


 東条も納得した。これだけの使徒が集まるには、やはりそれ相応の理由があったわけだ。そこに異論はない。

 ……しかし、と東条はエキドナを見る。


「お前らの動機は分かった。もっともな理由だ。……でもよ、今の話じゃあ、ガキどもがああなった理由の説明にはならねぇだろ」


「だからっ、私とヒュドラが来た時には、もう、」


「……儂とエキドナが、ここへ呼ばれた初めての使徒でな。

 当時あの子達は、人間への憎悪のみで動いていたのじゃ。寝食も会話も、人間的な活動はろくにせず、ただ親であるあ奴の命令があるまでジッとしているだけ。始めのあの子達には、自意識すら存在していなかった」


「……そんなの」


「うむ。あまりにも惨い。そんな状態に心を痛めたエキドナが、あの子達への教育をかって出たのじゃ。幸いあ奴は儂らを止めなかった。まぁ、興味すらなかったのかもしれんがのぅ」


 東条は唇を噛むエキドナを目に、今の話に顔を顰める。


「おいおい……、聞く限り、相当なクズだろそいつ」


「クズよ。あいつは」


 初めて意見が合ったな、と二人は目を合わせる。


「じゃからの、儂らも互いに利用し合っている関係にすぎないのじゃ。これ以上のことは何も言えんのじゃよ」


「……なるほどね」と東条はあくびをしているノエルの頭をポンポンする。


「うん。よく分かった。まず」


 勢いよく頭を下げる東条に、エキドナがギョッとする。


「すまなかった。憶測でお前に酷いこと言っちまった。許してくれ」


「っな、何よいきなり……」


「それとお前らも、言いたくなかったろうに、過去を無理に掘り下げるような事して悪かった」


「ホッホッ、……存外誠実なのじゃな」「……驚きましたわ」「……ああ、驚いた」


 まるで変な物でも見たかの様な彼らに、東条は口を尖らせる。


「いや、お前らには俺がどう見えてんだよ?」


「話の分からない変態」


「暴力男ですわ」


「戦闘狂じゃろう」


「セクハラロリコン猿」


「ハッハッハ! よぉし、もう一回喧嘩するかお前ら」


 一瞬で散っていた最強種達。

 一人残ったエキドナが小さく溜息を吐き、東条を睨む。


「……いつまでいるつもりなの?」


「ん? せっかくだし、三日くらい?」


「……そう」


「良いんだ」


「好きにしなさい」


 背を向け歩き始める彼女に、東条もついていく。


「……」


「……」


「……ちょっと、何でついてくるのよ」


「え、だって俺ら寝るとこないし。今日マジで疲れたからさ、ベッド貸し――」


 エキドナが長杖で地面を打った瞬間、東条の視界が切り替わる。


 漆黒の玉座と、その後ろに積まれた金銀財宝。


 洞窟の守護者が、嬉しそうに頬を緩めた。




「……来たか、東条 桐将」


「……ぇえ」

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