焼け爛れた憎悪


「そうじゃな。……儂は、妻と子をイギリスの軍に殺されておる」



「なっ」「え」


 東条とノエルは愕然とする。


「……儂も、力に惹かれていた時期があってのぅ。受肉してから二年余り、儂は自身の強さを疑っておらんかった。王から力を奪おうと、世界を回っておったのじゃ。

 ……生まれた我が子と、儂みたいな血染めの龍を慕ってくれた妻を蔑ろにしての」


「……」「……」


 ヒュドラの紫色の瞳に、怨嗟の炎が灯る。

 ……その炎の先に誰がいるのか、分からない二人ではなかった。


「……アルバ様に挑み、敗れて帰ってきた私を待っていたのは、崩壊した家と、……っ妻の凄惨な亡骸だった」


「ヒュドラ、すまねぇもうい」


「ッ戦いなどやめ、愛する者を大事にしようと決めた矢先じゃった」


 縦に割れた瞳を血走らせ吠えるヒュドラに、東条は口をつぐむ。


「全ては儂のせいじゃ。それは分かっておる。この世界で力なき者を無下にした儂のせいじゃ。じゃからせめて、骨だけは星の元に返してやりかった。

 ……じゃがのぅ、ないのじゃよ。どこを探しても、息子の亡骸だけが。

 ……ホッホッホ、ところでお主らは知っておるかの? なぜ円卓の聖騎士どもの甲冑が総じて白いのか」


 ヒュドラの顔が自嘲に歪む。


「奴らにとっての甲冑は、自身の立てた武功の証じゃ。円卓の騎士だけではない。あの腐り果てた騎士どもは、遊び半分で龍を狩り、皮を剥いで身に纏うことを誉とするのじゃよ。

 ……儂の息子は半月後に帰ってきおったよ。立派な鎧となっての」


 ノエルは俯き、東条は唇を噛む。


「あの子は使徒である儂の血を引いておったからのぅ。円卓に目をつけられたのじゃろう。儂の前に現れたのも聖騎士の一人じゃったわ。

 ……気づいたら家のあった山を含めて、そこらの縄張りが儂の毒で跡形もなく溶けておった。息子と妻を殺した騎士は、毒を調整して三日三晩苦しませて殺した。

 その身でイギリスに乗り込んだのじゃが、アーサーとランスロットに敗れてのぅ、瀕死の重傷を負って逃げ帰ったのじゃよ」


 一息吐いたヒュドラは弱々しく笑い、ログハウスを眺める。


「その時に出会ったのが、あの子達の産みの親じゃ。この場所に儂らを集めた者でもある」


「……」「……」


「復讐を果たした儂じゃが、怒りは収まらんかった。かの国を滅ぼしたくて仕方がなかった。しかし攻め込んで痛感したのじゃ、……かの国は強い。あの女は、アーサーは、儂では勝てん。

 あ奴はそんな儂に共感し、力を貸す代わりに、来たるべき日まであの子達を守ってくれとお願いしてきたのじゃ」


「……それが、」


「うむ。儂らが結んだあ奴との盟約じゃ。

 そも儂ら龍種に、他者と協力するという思考はない。恥とすら思っておった。

 じゃがあ奴はそんな儂らを纏め、同じ目的のために手を結ばせた。

 情報を仕入れ、盤面を整えた。

 テュポン様を説得し、儂らの悲願の邪魔はしないと約束させた。

 ホッホッ、少々話がズレてしまったの。……つまりじゃ、」


 ヒュドラは月光に鎌首をもたげ、



「儂ら八龍は、イギリスを滅ばすという理念の元に手を組んでおる」



 爛々と目を輝かせて笑った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る