正義と悪
エキドナが二回手を鳴らす。
「はい皆っ、もう寝る時間よ!」
「「「えー!」」」
「えーじゃありません。もう二三時よ? 早く寝なさい。片付けは私とヒュドラお爺ちゃんでやっておくから」
「え?」
「「はーい」」「ちぇー」「じゃあなマサ!」「ママおやすみー!」
「おやすみなさい」
男女別に建てられたログハウスへと帰っていく子供達に手を振り、東条も漆黒の熱を止める。
……月が雲に隠れたせいか、自分達を覆う闇が、一段と深くなった様に感じた。
遠くのログハウスから灯りが消える。
見計らった様にノエルが立ち上がり、東条の膝の上に座る。
溜息を吐いた彼の顔から、既に笑顔は消えていた。
「ふんっ、聞きたいことがあるならエキドナに聞きな。あいつらに一番関わっているのは彼女だからね。僕は帰る」
エキドナが睨むも、バジリスクは知ったこっちゃないと去っていく。
「俺様も今日は疲れた! 楽しかったぞ東条! ノエル! あと肉ご馳走様だ‼︎ ガハハっ‼︎」
「ん」
五〇分の一スケールまで回復したサラマンダーが飛び去っていく。
「……さて。ありゃぁ、何だ?」
残った五匹の龍、その中でもエキドナに目を合わせ、東条は先とは違う、魔力を纏った威圧的な笑みを浮かべた。
「何も知らないガキを外界と遮断して、挙句思想を教育しましょうってか? やってることえげつねぇぞお前ら」
「っ、違うわ。私があの子達に教えているのは、五科目の基礎と戦闘技術だけよ」
「歴史にでも混ぜたか? それであそこまで思想偏らせれんなら才能だな。教師向いてるよお前」
「ッ貴様、……何も知らないくせにっ」
「ガキの洗脳方法なんざ知りたくもねぇな」
衝突する魔力に消えていた家の明かりが灯り、慌ててアラクネとリヴァイアサンが向かう。
見かねたヒュドラが溜息を吐き、二人の間に割って入った。
「やめなさいエキドナ。東条殿も、一旦落ち着いて欲しい」
「……すみません」
「俺はいつでも落ち着いてるぞ? いいから早く話せ。ことと次第によっちゃ、お前ら全員本当のAVALONに送ってやるからよ」
「マサ」
「……チッ」
ノエルに両頬を抑えられた東条が、一旦言葉を切る。
悔しそうなエキドナに代わり、ヒュドラが口を開いた。
「彼女の言っていることは本当じゃよ。儂らはあの子達と暮らしているだけで、故意に人間を憎ませる様な教育はしておらん」
「だったらどうやってあそこまで歪んだ思想ができんだ? 子の歪みは親の責任だろ? なぁママさんよぉ?」
「ッ」
「それともあれか? 生まれた時から人間大嫌いですってか? ハハッ、やっぱり性悪説の方が正し」
「そうじゃよ」
「……あ?」
真っ直ぐ見つめてくる一〇の頭に、東条は続く言葉を飲み込む。
「……あの子達は生まれ落ちたその瞬間から、人間を憎悪しておるのじゃ」
「……そんなこと」
「あるのじゃよ。なぜそうなったのか、どういう原理なのかは、儂らにも分からん。儂らは同じ理念の元集められ、盟約に従いあの子達を守っているに過ぎないのじゃ」
真相へと近づいてきた話に、ノエルが目を細める。
「理念? 盟約って何だ?」
「……これを話す前に、一つ約束してほしいことがある」
今までで一番真面目な表情を浮かべるヒュドラに、東条も一旦前のめりになっていた態度を引っこめる。
「……それを約束するかどうかは内容によるだろうがよ」
「心配はいらん。お主らには一切不利益もなく、関係のない話じゃ。ステラ嬢に言おうが、世界に発信しようが別に構わん」
「……」
口をへの字に曲げる東条に、ヒュドラが頷く。
「条件はただ一つ。……四日後の戦争に、お主らは一切関与しないで欲しい」
「あ、え?」
予想外だった懇願に、東条もノエルも拍子抜けしてしまう。
「守ってくれるかの?」
「いや、そもそも俺らは手を出さない契約だし。てかイギリスの奴らにも言われたぞそれ。あ? 待て、そうだ、何でお前ら四日後に連中が潜ろうとしてんの知ってん」
「儂らが聞きたいのは約束を守ってくれるのか、否かじゃ」
「……んだよもぅ」
東条はノエルの頭に顎を置き、眉間の皺を深める。
正直、まったく問題ねぇ。問題ねぇが、何か裏がありそうで仕方ねぇ。
「どうするよノエル」
「約束しよ。デメリットない」
「そうだけどよぉ。…………はぁ」
いくら考えたところで、恐らくこれ以上進展はしないだろう。
ガリガリと頭を掻いた東条は、見つめてくるヒュドラに頷いた。
「いいぜ。約束するよ。俺らは四日後のダイブで、お前らに一切手を出さない」
「……感謝する」
「いいから、早くその理念と盟約とやらを教えろ」
「うむ」
首をもたげたヒュドラが、月を見上げゆっくりと口を開いた。
「ここにいる使徒は皆、人間に大切な物を奪われておる」
「大切な物?」
「そうじゃな。……儂は、妻と子をイギリスの軍に殺されておる」
「なっ」「え」
淡い月光に照らされ銀色に光る羽毛が、夜風を受けて寂しげに揺れた。
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