ヒ、ト?



「っそれでそれで⁉︎」


「んで海で遊んでた時だ。いきなりだった。島中の魔素がな……パッ。

 消えたんだよ。一番強かったノエルはそのせいで倒れっ、俺達は魔力すら纏えなくなった!

 海には死んだ魚が浮かび、血みたいに赤く染まった空からは鳥がボタボタ降ってくる。さっきまで普通に歩いてたモンスターも、狂ったみたいに木に頭を打ちつけてんだ。そこら中で……。まさに地獄絵図さ」


 興奮する少女を肩に乗せ、当時の情景を語る東条。

 彼をを囲み、皆が息を呑む。

 大きな漆黒の上で焼かれる沢山の肉がパチパチと良い音を鳴らし、まだ半生の肉を取ろうとしたバジリスクがエキドナにはたかれた。


「っ島中のモンスターが殺しにくる中、逃げ回って、逃げ回って、逃げ回ってッ……でも遂に、限界が来ちまった。俺達は追い込まれたんだ。

 目の前には万を超えるモンスターの大軍勢。対してこっちは、魔力の使えない三人だ」


「「「(ゴクリ)」」」


「それでも俺達は頑張った。迫り来るモンスター共を蹴散らしっ、つけられた傷の倍の数の鉛玉をブチ込んでやった‼︎

 ……それでも数には勝てなかった。武器も使い果たし、体も動かない。血と煤に塗れたあの防空壕の香りを、俺は今でもしっかりと覚えている……。

 そんな中、仲間の一人が瀕死の俺を置いて、何も言わずに拠点から消えたんだ」


「えっ」「何で……」「逃げたのかっ⁉︎」


「いいや違う。……っ彼女は自分を囮に、全てのモンスターを引きつけたんだッ。他でもない、俺達を守るために‼︎」


「「「キャー!」」」「っカッケェ!」「恋よ!」「恋だわ!」


「っ俺は彼女がそうするだろうことを分かっていた! 間一髪のところに突っ込んでクソカスゴブリンキングをブッ飛ばし、ボッコボコにして彼女を救い出す‼︎ その隙にノエルが空を飛んで元凶の攻撃範囲外へ脱出! 超高高度から、一撃! バカデカい木を生やして島中の敵をブッ殺してやったのさァア‼︎」


「「「「イェエエッ‼︎」」」」


 湧き上がる歓声に東条はお辞儀をし、切り株に座る。


「ねぇねぇマサっ?」


「どうしたぁ、ミェル」


 東条は肩に乗った少女を下ろし、集まってくる女の子達の中に戻す。


「っその女の人は今何してるの? 」


 ソワソワと待っている彼女達に、東条はニヤリと笑う。


「ん? 俺の妻してるぞ」


「「「「きゃーーーっ‼︎」」」」


 期待通りの答えに手を繋ぎ飛び跳ね走り回る彼女達に、東条はケラケラと笑う。

 こういった話題で盛り上がるのは、どこの種族でも共通らしい。


「でもマサ?」


「ん?」


 獣の少女ミェルと手を繋いだ女の子の一人が、不思議そうな顔をする。


「その女の人が凄いのは分かったんだけどさ、その人ってマサとか私達みたいにハーフなの?」「あ、それ私も気になってた」「俺も」「そりゃそうだろ。そんだけ強ぇなら」


「いや違うぞ? 人間だ」


「……え?」


 途端静かになり、変な空気になった周囲を、東条は表情に出さない様訝しむ。

 プニルに寄りかかり休んでいたノエルも、薄く目を開け観察する。


 悟られない様に東条は優しい作り笑いを浮かべ、人差し指を立てた。


「君達は子供だからなぁ、分からないかぁ。禁断の恋ってやつが」


「っき、禁断の恋⁉︎」「な、何それっ」「いけない響きだわ⁉︎」「ほらっ、この前あの人がくれた本の!」「あー、シンデレラ?」「そうそれ!」「ちょっと違くない?」「ハハハっ、やっぱマサおもしれー!」


 空気の戻った彼らに、東条は肉を渡し笑顔を向ける。


「俺からも少し聞いていいかな?」


「んー、何ー?」


「君達にとって人間って何?」


 その質問にエキドナの顔が曇ったのを、ノエルは見過ごさなかった。




「ん? 害虫」




「……」


「害虫!」「殺さなきゃいけない存在!」「AVALONの外にいるモンスターと同じ」「雑魚」「俺達の敵だろ」「駆除対象」「何だっけあの、図鑑で見たやつ。黒い」「ゴキブリ?」「そうゴキブリ」「ゴキブリよりキモいよぉ」「食い物‼︎」「あいつら不味いぞ?」「うぇっ、お前食ったのかよ?」「キッモ」「俺より弱いやつ‼︎」「お前より弱いやつとかいねぇよ」「ああ⁉︎」「ちょっと男子ー」


「何でマサそんなこと聞くの?」


 首を傾げるミェル。

 ……その瞳に嘘はなく、誠実で、悍ましい程に純粋。


 彼女達はその感覚に何ら疑問を持っていない。

 さも当然であるかの如く、人間という生物を嫌悪している。

 東条は気づく。最初から感じていた、絶望的なまでの隔たり。


 彼女達は人の血を受け継いでいながら、同じ種族以外の人間を人間として認識していないのだ。


「んふふっ、くすぐったいよ〜」


 自分に撫でられるミェルの、嬉しそうな、気持ちよさそうな笑顔に、東条の笑みが少しだけ崩れる。



 ……この子達を前にどういう顔をすれば良いのか、一瞬分からなくなってしまった。

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