53話



「いっぱい食べてね! おかわりもあるよ!」


「あ、ありがとう」


 東条は配給係の年長者から夕食プレートを受け取り、ぎこちない笑みを浮かべる。

 プレートの上に乗っているのは、生魚と獣の生肉、粥の様な雑穀を煮た物と、木の実。

 量はあるが、その、何というか……原始的だ。


 適当な切り株に腰掛けた東条は、周囲で楽しそうに食事をとっている子供達を見回す。

 エキドナ曰く、一〇〇人いるらしい。年齢は……外見が少々特殊で分かり辛いが、下は小学校低学年、上は最年長でも中三くらいだろうか。総じて子供、エキドナや龍種を除いて、ここには成人がいない。


 ……いったいこの子達はどういう存在で、この楽園は何なのか。


「……ブルルっ」


 東条はそばで魚を食べているプニルのタテガミを撫で、瞬く星々を見上げて一息吐く。

 一日中洞窟の中にいたからか、肌を撫でる夜風が心地良い。まぁここも洞窟の中ではあるのだが。


 そこへ生魚を咥えたノエルが、おかわりを持って歩いてくる。


「マファ、フィ」


「……はぁ。飲み込んでから喋りなさい」


「ングっ。火」


 東条は魚に枝を刺し、生肉と一緒に漆黒に乗せて調理を始める。


 ジュ〜、という聞き慣れない音と漂い始める香ばしい香りに、何だ何だと子供達が集まってきた。


「……お兄さん、何してるの?」


 遠巻きに眺めていた中から、一人の少女が恐る恐る覗き込んでくる。

 茶色のショートカットとピンと立った三角耳、クリクリとした丸い目が可愛らしい女の子だ。尖った鼻筋や艶の良い体毛を見るに、獣の特徴をかなり色濃く受け継いでいる。


 左右に揺れるモフモフの尻尾を見て、東条は肉をひっくり返す。


「んー? 料理ー」


「りょうり? りょうりって何?」


「食材の真の力を引き出すための作業だよ」


「ふーん、よく分かんないけど良い匂いする……」


 ひくつく鼻に引かれる様に近づいてくる彼女に、東条はニヤリと笑う。

 ノエルから塩袋を受け取り、一摘みしてサッとふりかけた。


「「「?」」」


 せっかくお肉洗ったのに……。

 そんな風に考える彼らの前で、見たこともない透明な砂が肉と油の上でバウンドし、



「「「――っ⁉︎」」」



 途端肉汁と塩気が絡まり、暴力的な香りとなって辺りに吹き荒れた。


 ――肉を捌いていたエキドナが顔を上げ、

 水辺で眠っていたヒュドラが目を覚まし、

 サラマンダーが翼を広げ、

 リヴァイアサンが鎌首をもたげ、

 その頭の上でアラクネが立ち上がり、

 バジリスクが舌打ちをしながら地を這い、

 ニーズヘッグが笑いながら走り出し、

 ファフニールが漆黒の玉座から立ちあがろうとして座り、

 テュポンが少しだけ目を開け、また瞑る。


 料理と呼べるかも分からない肉に塩をかけただけの香りはしかし、生物を本能的に動かすに足る威力を持っていた。


 獣型の子供達の尻尾が漏れなくピンッ、と立っている様に頬を緩めながら、東条は肉をそれぞれにの皿に返していく。

 一つはノエルに。もう一つはなぜか得意げに鼻を鳴らしているプニルに。

 そして自分のを二つにちぎり、差し出す。


「食ってみるか?」


「えっ」


 驚く少女が滴る肉汁を目で追い、喉を鳴らす。


「い、いいの?」


「ああ勿論」


 肉を両手で掴んだ少女は、完璧な焼き加減でミディアムレアに仕上げられた肉を見つめ、一思いにかぶりついた。


「っキュ⁉︎」


 どこから出たのか、その声にならない声と蕩けた表情こそ何よりの賛美。

 夢中で残りをたいらげる少女に、後ろの子供達も唾を飲む音で輪唱する。


 ……東条は塩気の付いた自身の指をテュポンっ、と舐め取った。

 静まる彼らを一瞥して。



「……で、焼いて欲しい奴は?」



 百の手と七の尻尾が同時に上がった。


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