四章〜ヒトの子ら〜
52話
……何だ、こいつらは?
東条の足が無意識に一歩下がる。
ワラワラと集まってくる、人の形をしたモンスター。そう、モンスターだ。いくら人語を話していようと、二足歩行していようと、無邪気な笑顔を浮かべていようと、目の前にいる存在は人ではない。
絶望的なまでに、人ではないのだ。
「……ノエル、全員獣化系って線は」
「違う。全然違う。混ざってる」
「て、てことは、俺と同じ眷ぞ」
「違う。マサともガブリエルとも違う。後天的にじゃない、先天的に混ざってる」
「え、は? それって」
「有り得ない」
ノエルは瞳に戦慄を浮かべ、エキドナを凝視する。
「……これ全員、人とモンスターのハーフ」
その言葉に、事実に、東条もあんぐりと口を開けエキドナを見た。
「エキドナさん、人妻だったのか……」
「ッな、はぁ⁉︎」
東条の呟きに、エキドナがとんでもない速度で振り向き掴みかかる。
「違います‼︎ この子達は預かっているだけです‼︎ 私の子ではありません‼︎」
「あがががが」
東条の首を握り上げガクンガクンと振り回すエキドナに、しかし子供達は。
「え、……お母、さん?」「ママじゃ、ないの?」「でも、いつもはママって呼べって」「ママって言っちゃダメなの?」「うぅ」
「あっ、ち、違うわ‼︎ 私が産んだわけではないという意味でっ、あなた達の母親代わりではあってっ! ねっ? だから泣かないで? ママって呼んでもいいのよ?」
「ママぁ」
「――ッあなたじゃないわよ⁉︎」
ブン投げられた東条が木を数本へし折り森の中に消える。
「っ⁉︎」「アハハっ!」「何だあいつおもしれー‼︎」「クスクス」「うわぁ」「容赦ね〜」「死んだんじゃね?」「死んだなあれは」
後を追い森の中に走っていく男子達を横目に、ノエルは肩で息をしているエキドナを見上げる。
「フーッ、フーッ、何なのあの男っ」
「……モンスターと人が交尾しても着床はしない。でもエキドナとファフニールは元から人の概念が入ってる。どっちの子?」
「っだから私じゃないってッ、あ、わ、私ではありませんっ、ノエル様。あとあいつの子でもありません」
「じゃあ誰の?」
「それは言えません。お許しを」
「テュポンの言ってたリーダーって奴の?」
「……」
「ふーん」
ノエルが目を逸らしたエキドナを見つめていると、「わー!」「生きてたー!」と森の奥から男子達が帰ってくる。そしてその奥から首の位置を戻し歩いてくる東条。
「いてて、酷いなぁ」
「……チッ」
え、舌打ちされた?
「ではノエル様、付近の案内をいたします」
「ん」「はーい」
「……」
三人にズラズラとついていく子供達。
少し歩くと、木々が開け大きな湖が現れる。
東条とノエルの来訪に気づき、水際で寝そべっていた龍が鎌首をもたげた。
「……ホッホッホ、おっと」
「ってんめぇ‼︎」
ヒュドラを見た東条の脳裏に、さっきまで苛立ちがぶり返す。
まだ傷の癒えていないヒュドラは笑みを浮かべ、ゴロゴロザバザバと転がり水の中に逃げる。
「あっ、逃げるな卑怯者‼︎ 逃げるなァ‼︎」
叫ぶ東条、の横腹に突っ込んでくる拳大の龍。
「ッ東条ォオオ‼︎ 俺様はまだ死んでね――」
「ッウルセェんじゃッボケェ‼︎」
一〇〇分の一スケールのサラマンダーを引っ掴み、湖に向かってブン投げ水煙を立てた。
「わー⁉︎」「サラマンダー⁉︎」「アハハっ」「私泳いでくるから誰か火用意しといて!」
盛り上がる東条周辺から、少し離れた湖のほとり。
ノエルはウマウマしているニーズヘッグを囲み、四苦八苦しているぬいぐるみアラクネとリヴァイアサンに手を挙げる。
「よ」
「来たか。王ノエル」
「……本当に来ましたのね」
怯えに近い敵意を向けるリヴァイアサンに近づき、ノエルはノエル水を差し出す。
「これ飲め。傷治る」
「え、あ、……ありがとうございます」
次いで彼女は木の根を齧っているニーズヘッグの頭に登り、大量の砂糖を回収する。
「それは何だ?」
「砂糖。本来これは調味料を作る技。あと無理に引き抜かないで正解。脳に根張ってるから最悪死んでた」
「っ」
「調味料を、作る技?」
萎んでいく赤い大花。
数秒経つと。
「……っむ? ここは? 吾輩は何を……? むむッ、ノエル様⁉︎ あ、サインをっ」
「ん、いーよ。お前面白い」
「光栄でございます!」
二人はエキドナに連れられ、湖に架けられた板橋を歩く。
澄んだ湖は網目の様に区切られ、升ごとに違う水棲モンスターが泳いでいる。
「ここは水棲食用モンスターを養殖場です。あちらに見えるのが、陸棲モンスターの養殖場です」
「養殖……マジか」「……」
日も落ち、辺りが暗くなる。
至る所に置かれた光苔ランタンの道を辿りながら、三人にズラズラとついていく子供達。
湖から少し離れ、山の中腹に空いた大穴の前で止まった。
「ここが協調性皆無引きこもり根暗アホドラゴンの住処です」
「あぁ、ファフ兄の」
協調性皆無引きこもり根暗アホドラゴンで通じてしまう現実に同情を禁じ得ない。
「では次に行きましょう」
「紹介はや」
「待て」
穴の中から姿勢の正しい黒龍が歩いてくる。
「……東条 桐将。また後で来い」
「お、おう」
「ファフニールに誘われてるぞ⁉︎」「この人何者⁉︎」「すげぇ〜」
それだけ言って帰っていくツンデレドラゴン。
目も合わせず先に進んでしまっているエキドナを見るに、相当仲が悪いらしい。
更に少し歩き、今度は尖った岩が乱立している岩場に到着する。
そこにいたのは、嫌そうに子供達と戯れているバジリスク。ああ見えて、案外面倒見が良いのかもしれない。
「ゲっ、何でここに来るんだよ⁉︎」
「ここがバジリスクの寝床です」
「っ何で教えるんだよ⁉︎」
「よろしくなー」
「っうるさい! さっさと帰れっ、シッシッ!」
「……後で爆弾投げに来ようぜ」
「ん」
「……っ、おいっ、嘘だよな? ……っ冗談じゃないぞ⁉︎」という楽しそうな声を背中で聞きながら、二人は元来た森へと歩を進める。
一〇数分後、集落へ帰ってきた東条とノエル、それとズラズラとついていく子供達に、エキドナが振り返る。
「では、夕食にしましょうか」
「「「「「「はーい」」」」」」「はーい」「ん」
穏やかな明かりが灯る森の中、元気な声が木の葉を揺らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます