9話

 東条は「……カッケェ」と本音を漏らしながらも、頬を掻いて抗議の目を向ける。


「あのぉ、いきなり蹴り飛ばすのは流石に酷くないですか?」


「……この国に何の用だ? 蛇共」


「ステラに言われて来たんですよ。ダンジョンに潜るんでしょ?」


「っ……、何でテメェらがそれを」


 驚きに目を見開いた赤騎士の全身から、魔力が溢れ出す。


「二言はねぇ。失せろ」


「いやいや、依頼してきたのはおたくでしょ? 俺達がカメラマンじゃ不服ですk――」


「二言はねぇと言った」


 一足で接近した赤騎士が右拳を振り抜く。

 風圧に砂煙が巻き起こり、パラパラと小石が舞った。


「っ⁉︎」


 しかし赤騎士は、押せども引けどもびくともしない拳に目を剥く。


 晴れる砂煙の中、片手で拳を受け止めた東条が溜息を吐いた。

 ……しかしあれだな、流石ドラゴン製。かったい。ギチギチと拳を握り潰そうとしていると、もう片方から左拳が飛んできたのでそれも受け止める。


「チッ、っ蛇に魂を売っただけあるなぁオイ⁉︎」


「ハハッ、まだ俺に喧嘩売ってくる人間がいるたぁなッ」


 互いに両手を叩き合わせ、一気に力を込める。純粋な力の押し合いに、二人の足場が放射状に弾け飛んだ。


 突如始まった、ホリールード宮殿前広場での勝負。

 住民達が遠くから恐々と見守る中、全身フル武装した甲冑騎士達と、ローブに身を包んだ魔法使い達が続々と集まって来ていた。


 宮殿の階段に腰掛けるノエルは、自身に向けられる杖と剣を無視して二人の力比べを静観する。


「ほれほれ、どうした?」


「チィッ!」


 東条の手を漆黒が包み、同時に赤騎士の体勢が崩れる。

 しかし次の瞬間、


「『RISE昇れ』ッ!」

「っぐぬ⁉︎」


 赤騎士の魔力が膨れ上がり、劣勢だった自身と東条の体勢を一気に逆転させた。

 しかし、


「オルァ‼︎」

「っぐおぁ⁉︎」


 今度は全身を漆黒で包んだ東条が巻き返し、赤騎士の足場を陥没させる。

 からの、


「『RISE』ゥウッ!」

「ッッんなぁあ⁉︎」


 漆黒を弾き飛ばした赤騎士が、東条の背中を地面スレスレまで追い込んでゆく。

 勝ったッ! そう確信したした赤騎士の視界が、直後空へと切り替わった。


「ッはい俺の勝ちィ‼︎」

「ッッ⁉︎」


 地面が吹き飛び、追い討ちの衝撃波で更に陥没、広場に亀裂が走る。


 騎士達が唖然と固まってしまう中、『Beast』化した東条は窪みを覗いてケタケタ笑った。


「あるある、自分の力に酔っちゃう時期。その歳まで誰も教えてくれなかったのかな?」


「……テンメェ」


 埋まった全身を土から外し起き上がる赤騎士の額に、はち切れんばかりの青筋が走る。


 しかしその体に外傷はなし。全くの無傷。

 ……結構強く潰したんだけどなぁ。東条は顔を上げ、自分に剣と杖を向けている彼らを見回す。


 この赤騎士、他の騎士とは明らかに違う階級っぽいし、ここでイギリスの戦力を見てみるのもありか? 喧嘩売られたの俺だし、不可抗力だし。

 ニヤァと笑う東条に、ノエルはやれやれと頬杖をつく。


 挑発的な笑みに赤騎士も怒りの笑みを返し、今まで抜こうとしなかった長剣に手を掛けた。


 その時、


「っ待って待って何やってんですかガウェインさん⁉︎」


 金色のローブを羽織り長杖に乗った子供が、東条と赤騎士の間に慌てて降り立った。


 歳は中学生くらいだろうか。ブロンドのパッツン髪が可愛らしい、まだ幼さの残る男の子だ。


 ……ん? ガウェイン?


「……邪魔すんじゃねぇよマーリン。今からこの蛇ブッ殺してやるからよ」


「ハハッ、負け犬が吠えてやがる」


「あ?」


「んだコラ?」


 ……マーリン?


「上等だクソ蛇が」


「来いよ井の中の蛙野郎」


「っちょ、ストップガウェインさん! あなたも煽らないでください! ほら離れてっ、っ離れろぉぉ」


 至近距離で睨み合う二人の間に入り、必死に押し除けようとするマーリン。

 そんな光景を目に腰を上げたノエルが、東条の膝をつついた。


「マサ、ストップ。これ以上やったら仕事できなくなる」


「あいよ。良かったなぁガウェインさんよぉ! 命の有り難さを噛み締めな!」


「ッブッ殺」


「はい終わり! 終わりです! ガウェインさんあなた街壊しましたよね! 僕が支えなかったら、時計台が市民の皆さんの上に落ちていたかもしれないんですよ⁉︎ 広場もこんなにして! このことはしっかり円卓議会で報告させてもらいますからね‼︎ ランスロットさんにも言います!」


 説教を始めるマーリンに、ガウェインもバツの悪い顔を浮かべそっぽを向く。


「わ、悪かったよ。だからランスロットのババァには」


「ダメです! 言います! 言われたくなかったら市民の皆さんにちゃんと謝って来てください‼︎」


「くそっ、わぁったよ。……こいつらはお前に任せて良いのか?」


「はい。ステラさんに確認をとったところ、本当にクエストのためだけに来たって」


「チッ。……何でよりによって」


「僕も驚きました。てっきりガンマさんが来るものと」


 ガシガシと髪を掻いたガウェインは、大きな溜息を吐いてマーリンの肩を叩く。


「分かった。こいつらは任せる」


「はい」


「行くぞテメェら! 謝罪回りだ!」


「わ、私達もですか?」


「たりめぇだろボケぇ、連帯責任だ!」


 踵を返すガウェインに、騎士達も剣を納め不承不承とついてゆく。


 最悪すぎる上司の背中を舌を出して見送った東条は、『Beast』を解き、驚いているマーリンに手を差し出した。


「いやぁ止めてくれて有難うございます。俺は」


「東条さんですよね! 勿論知ってます! ノエルさんも、よろしくお願いします! 僕のことはマーリンと呼んでください!」


「あ、ああ」


「ん」


 マーリンと呼ばれたその男の子は、目をキラキラとさせ小さな手を差し出した。

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