8話


 上空をグルグルと回るネロの背中の上で、東条とノエルは感嘆する。


「へぇ、凄いな」


「見たことない。この国独自の構築式。面白い」


 一見何もない様に見える空中だが、東条とノエルの目には、街を覆う半透明のベールの様な物がしっかりと映っていた。


 ベールがどこまでも続いているのを見るに、恐らく国全体を覆っている。規模が尋常ではない。

 それも、


「……ゥルルルッ」


 ネロが嫌がる程の物をだ。


「この国、新大陸と地続きになってる」


「それだけ対モンスターの技術も進んでるってことか」


 ノエルは苛立つネロの頭をポンポンと叩き、立ち上がる。


「ん。ここまででいい」


「おけ。そんじゃありがとな、帰ってしっかり休めよ」


「ゴルルッ」


「ありがとうなー!」「バイバイ」


 ノエルを抱え鼻先から飛び降りた東条は、背を向け飛び去ってゆくネロに手を振る。


「さて、」と体勢を直した後、自由落下に任せてベールに足から突っ込んだ。


 ――バキンッッ!


「ッ痛ッつぅ⁉︎」「ッあう⁉︎」


 途端全身に走った電撃を食らった様な痛みに若干顔を顰めながらも、東条は時計台の屋根に着地する。


「ってぇ。大丈夫かノエル?」


「電気風呂に入った感じ」


「分かる」


 お互いに体からシュゥ〜と煙を上げ、自分達が落ちてきた空を見上げる。


 パキパキと罅割れ、小さな穴が空いてしまっているその空を。


「……あんま触んない方が良かった感じかな?」


「……マサのせい」


「はぁ⁉︎ お前が飛べって言ったんだろ!」


「言ってない」


「言いました〜」


「言ってな――」


 ――瞬間、時計台の上部が爆散し、突然の轟音に街行く人々が顔を上げた。


 土煙を靡かせ吹っ飛んだ東条は、空中でくるりとバク宙し着地、軽く地面を滑って停止する。


 ノエルを下ろし、土埃のついた装備をはたきながら、彼は周囲の景色を心底嬉しそうに見渡した。


「わぁあ」


 それもその筈。


 今彼の目の前に広がっているのは、日本男児なら誰しもが憧れる、中世ヨーロッパのそれに他ならないのだから!


「っ異世界転生だ――」


 ――振り下ろされた拳が石畳を割る。


 慌てふためく市民が叫びながら逃げてゆく。


 飛び退いた東条は周りの景観から目を逸らし、ようやく彼に目を向けた。


 ゆっくりと地面から拳を引き抜く、赤い騎士。


 彼の纏う真っ赤な鎧をよく見れば、全てがドラゴンの鱗から作られているのが分かる。


 腰に差した一振りの長剣に手を置き、太陽の様に赤い短髪を逆立てる青年は、まなじりを吊り上げ二人を睨みつけた。

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