10話

 目をキラキラとさせ握手に応じる彼に、東条もたじろいでしまう。

 しかし何だ? この子の笑顔、どこか既視感が。


「俺達が来ることって、ステラから聞いてないんですか?」


「はい。適任をよこすとだけ」


「ったく、すみませんね。俺からよく言っときますんで」


 今度会ったらくすぐりの刑だな。


「あはは、お願いします」


 苦笑したマーリンは、一旦周囲の魔法使い達に指示を出し持ち場に戻らせる。その様子や装いを見るに、この魔法使い達の長なのだろう。

 この歳で凄いな。


「すみませんお待たせしました! では、行きましょうか」


「行くって、どこに?」


「あそこの城です」


 東条とノエルはマーリンが指差した先、エディンバラを一望できる岩山の上に立つ城に目を向ける。通称キャッスル・ロック。この街を象徴する、エディンバラ城だ。


「ここエディンバラは、新大陸からやってくるモンスターを迎撃する最前線基地でもあるんです。エディンバラ城は僕達軍の駐留所なんですよ」


「なるほど」


「では、良いですか?」


「え? はい」


 頷いた東条に、マーリンがトントンッ、と長杖で地面を叩く。

 同時に三人を囲むように不可思議な文字列が走り、直後東条達は石造りの城内に立っていた。


「っ⁉︎」「ぅおっ、何だ今の」


 東条とノエルが瞠目する。

 転移のcell、ではない。Cell特有の魔素の変化がなかった。原理としては魔法に近いのか? でも魔法には五属性しかない筈。


「ぐぇっ」


 ノエルがマーリンの金ピカローブを引っ張り、マジマジと見る。


「あのバリアだけじゃない。騎士の剣にも、魔法使いの杖にも、このダサいローブにも」


「ださっ⁉︎」


「ノエルの知らない構築式が組み込まれてる」


「ダサくないですよ! カッコいいじゃないですか!」


「うるさい。そういうcell? いや、規模が大きすぎる。個人で出来る範囲を超えてる。これは、……魔法に変化する直前の魔素を特定の形にはめて、別の現象を引き起こしてる? どうやってる? 見せろ、もっと見せろ」


「ぐぇぇ」


「どーどー、落ち着けノエル」


 ノエルをはがいじめにした東条は、手足をバタつかせる彼女を抱いたまま頭を下げる。


「ほんますんません」


「えほっあはは、大丈夫ですよ。それよりまさか、一目でそこまで読まれるとは。その眼ですよね? 魔眼の一種なんですか? 東条さんの右目もそうですよね! うわぁ羨ましいなぁ」


 満面の笑みでジッと目を覗き込んでくるマーリンに、東条は感じていた既視感の正体に気づく。

 ……俺達に好意的なんだと思ってたけど、これ、あれだな。研究者が面白い物を見つけた時にする顔だ。アルファとかベータとか、どうりで馴染み深いわけだ。


「あっ、すみませんつい」


 夢中になってしまっていた自分に気づいたマーリンは、恥ずかしそうに咳払いをして歩き始める。


「魔眼は希少な上に構造が複雑でして、再現するのが難しいんです」


「再現?」


「はい! これからの時代、魔力量やcellの有無が人間の価値基準の一つになっていきます。それが新しい適応の形であって、急速な技術発展をもたらしているのは事実です。

 でも一方で、明確な差別意識や、格差社会の助長にも繋がります」


「せやな」


 これは世界各国で起きている問題だ。人間が比べる生き物である以上、優生思想は無くならない。


 マーリンが軽く杖を振ると、数匹の光る鳥が現れて三人の周囲で戯れ始めた。


「僕は魔法が好きです。魔法は美しくて、楽しい物なんです。僕は好きな物のせいで、皆に争ってほしくない。どうすれば良いか悩んだ時もありましたが、案外答えはシンプルだったんです!」


 鳥が蝶に変わり、空気に溶けてキラキラと消えた。


「と言うと?」


「皆が魔法を使えるようになればいいんですよ!」


 ……いや、簡単に言うが。


 衛兵に挨拶され微笑むマーリンを、ノエルが鼻で笑う。


「理想論。弱肉強食の世界に格差は必然」


「野蛮な考えですね」


 ノエルの口がムッ、と尖る。


「理想を現実に起こすのが魔法です。ほら、見てみてください」


 マーリンが指した窓の外には、先程破壊された時計台が見える。そしてその下で頭を下げるガウェインと、……苦笑しながら大小様々な杖を取り出す一般人達?


「何を……は⁉︎」


 彼ら数人が杖を振ると、あろうことが瓦礫が宙に浮かび、時計台が勝手に修復を始めた。

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