5話


「イギリス」


 地理の苦手な東条に代わり、ノエルが呟いた。


「そうだ。彼の国は俺の目から見てもアメリカ、日本と同等の戦力を有している。加えて隣国と軍事協定を結んで、新大陸進出にも力を入れている。中国程じゃねぇが、情報統制が強固なせいで今まで詳細が入ってこなかったんだよ」


「それが何で今?」


「先日イギリスの首相から連絡が来てな」


「アメリカに?」


「俺個人にだ。曰く、近々ダンジョンを攻略をするから、その撮影班を手配してくれとのことだ。

 彼の国にも、高解像度カメラを抱えてダンジョンダイブ出来る奴はいないらしい」


「は? ダンジョン⁉︎」


 神妙な顔で頷くステラに、東条は思わず上げてしまった背中をソファに預ける。

 ダンジョンは知っている。というか今の時代、新大陸に興味のある奴にとっては常識だ。


 簡単に言えば、超高濃度魔力スポット。

 表裏の世界が融合した際、エネルギーの多い場所に出現した黒紫色の球体。あれがより強いエネルギーに引かれて新大陸に移り、合体してできた秘境。それらを纏めてダンジョンと呼んでいる。


 東条はノエルと顔を見合わせ、苦い思い出に顔を顰める。


「マジかよ……、それ本気で言ってんのか?」


「本気だろうな。恐らくダンジョンの攻略を大々的に宣伝して、一気に自国の利益と話題を掻っ攫うつもりだろう。それでアメリカ政府じゃなく、ほぼ独立国と化している俺に頼んできたわけだ」


 もうこいつに権力渡すのやめた方がいいだろ。


 そんなジト目の東条を見て、ステラは何かに気づいた様に徐々に目を見開いてゆく。


「……おい、待て。テメェその反応、まさか攻略したことあんのか⁉︎」


「ん? 攻略っつうか、最深部までは行ったことあるぞ。な?」


「ん」


 平然と言ってのけた東条に歩み寄ったステラは、彼の胸ぐらを掴みガクンガクンと振る。


「ッ何で今まで隠してやがった⁉︎」


「い、いや隠してたって、別に聞かれなかったししししし」


「その経験がどれだけ貴重なもんかッ! このっ、このっ」


 ガンマにはがいじめにされ、バタバタ暴れるステラ。


「落ち着いて。ステラ」


 ノエルは揺れる金髪のツインテールを蝶々結びにして彼女を宥める。


「っん何やってんだテメェ⁉︎ ぶっ殺すぞ⁉︎」


「アメリカでダイブした人間いる?」


「……チッ。ああ、オリヴィアとリアンが修行で一〇階層まで。そーいや、オリヴィアのドラゴンと蠍はダンジョン産だったな。ガンマは二〇階層付近で数回死んでいる。あとベルナルムの奴は勝手に三〇階層まで行って飽きて帰ってきやがった。

 他にもダイブした奴は大勢いるが、全員死んだ」


「スポットのタイプは?」


「洞窟型だ」


 ダンジョンと言えども形は様々。洞窟型から山岳型、海洋型なんてのもある。

 全てのダンジョンに共通して下へと降る通路が用意されており、迷宮の様に入り組んでいることが多い。故にマップの作成が必須なのだ。


「モンスターのアベレージは?」


「Lv.5ってとこだな」


 出現するモンスターの強さもダンジョンによって異なるが、偏にアベレージと言っても、Lv.3のモンスターと戦っていたら、いきなり奥からLv.7が出てきました。なんてこともザラだからダンジョンは危険なのだ。

 そしてそんなモンスターが所構わず無限湧きする。まさに地獄と言って相応しい。


「三〇階層以上あってアベレージがLv.5なら、それなりに大きいダンジョン」


「テメェらがダイブしたダンジョンは何階層だったんだ?」


「一個目が三階層で、二個目が六二階層」


「ろくじゅッ……それに二回も、」


 眉間を揉みながらデスクに腰掛けたステラを目に、東条は背もたれに肘を回しコーラを呷る。


「……でも何か聞いた感じ、皆勘違いしてんな」


「あ? 何が」


 東条はグラスを持った手で、スクリーンに映っているアメリカ政府管理のダンジョンを指差す。


「そもそもダンジョンに、攻略って概念はないぞ?」


「……どういうことだ?」


 ステラに視線を送られる前に、既にアルファがパソコンのメモを開いている。


「まぁマップ埋めとか、最深部到達とか、定義によっちゃ攻略って言って良いのかもしんねぇけど、いくら進もうが階層ごとにボスがいたり、宝箱があったり、コアを壊したらダンジョン活動が停止するなんてフィクションはないんだぜ? てかコアとかねぇし。

 俺らがどんだけガッカリしたか。なぁ?」


「ん。モンスターも偏ってるから味同じ。飽きる」


「やっぱ調味料って偉大だよな」


「ん。人類史最大の功績」


「ハハハハ」

「ハハハハ」

「ハハハハバカがッ⁉︎ 壁からは未知の鉱石が生え、そこら辺のボスレベルの素材がゴロゴロ落ちているんだぞ⁉︎ あそこは資源の宝物庫だッ、テメェらのぶっ壊れた価値観を人間に押し付けるな‼︎」


「落ち着けよ。禿げるぞ?」


「Fuck!!」


 ゼーハーと荒い息を吐くステラを、ガンマがヨシヨシと撫でる。


 ガッカリはしたが、今となっては良い思い出だ。

 嘗てのダンジョン探索を思い出し、東条はクスリと笑う。


「……ただまぁ、かなり驚いたこともあったけどな」


「ん。あれはノエルもビックリした。でもあれのせいでダンジョン嫌いになった」


「ハハっ、殺風景な上に暑いし、一週間歩き回ったのに何もなかったからな」


「? 殺風景? 暑い? お、おい、何のことだっ? おい!」


 前のめりになり興奮するステラに、東条はニヤニヤと笑い、そこである意地悪を思いつく。


「あそうだ、どうせダンジョン行くんだし、そこで撮ってきてやるよ。それまでお楽しみってことで」


「っんな⁉︎」「ほぇ⁉︎」「っっ⁉︎」


 おあずけ宣言されたステラ、アルファ、ベータが絶句する。


「国の総力上げて挑むんだろ? なら相当デカいダンジョンだろうし、たぶんんだろ」


「ん。それにイギリス。もしかしたら楽しいダンジョンかも」


「あー、確かに。風土が影響してたら面白ぇな。騎士とか出てくるかも?」


「ワクワク!」


「そうと決まりゃあ準備だ! 行くぞノエル!」


「おーー!」


 重要伝達事項を何も聞かずに飛び出して行った二人。


「え、あ、……おぃ、……」


 ステラの伸ばした手が、虚しく空を切る。


「バイバーイ。あ、ドラゴン見てー!」


 ドアを開け追いかけてゆくガンマの背中を見送ったステラの頭が、ゴンッ、と机に落ちた。


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