3話
二二時を回る頃。
両親は早々に眠りにつき、遊び疲れた者達がリビングで転がり寝息を立てる中。
「……ふぅ〜」
バルコニーのベンチにぐったりと腰掛ける東条が、夜空に向かって大きな溜息を吐く。
「お疲れやなぁ?」
「……くくっ、本当にな」
お風呂上がりの紗命が、シャンパンとグラスをサイドテーブルに置いて彼の隣に座った。
「涼音はんも猫目はんも、ええ子やないの」
「あんま意地悪してやるなよ?」
「まぁ! まるでうちを悪い人みたいに」
イタズラっぽく微笑む紗命に、東条も笑う。
「母さん達も元気そうで良かったな」
「せやなぁ。しっかり親孝行していこな?」
「分ぁってるよ。今度良いとこの旅館にでも連れてってやるか」
「それもええけど、一番の親孝行言うたら……、ね?」
シャンパンを注ぐ紗命の目が妖しく光り、東条は苦笑する。
「式はもうちょっと待ってくれって。色々落ち着いたらにしよう、な?」
「むぅ……。纏まった休み取れへんの? 最近はずっとアメリカやったし、忙しすぎと違う?」
「今はな。……紗命も感じてはいると思うけど、世界中がピリピリしてるからな」
「やっぱり、中国で何かあったんやな?」
「言えないぞ?」
「そ〜ゆ〜とこちゃんとしとるんやもんな〜うちの旦那」
「世の中には秘密が多いらしい」
「歩く国家機密が何言うとるん」
チン、とグラスを合わせ口をつける。
「つっても俺自身現場にいたってだけで、現状にあんまついていけてない感はあるんだけどな。こんな世界だし、探せば多少ヤバい奴なんていくらでもいるだろうに」
「あんな? 桐将にとって多少ヤバい奴いうのは、天変地異レベルの化物いうことなんやよ? そりゃ御上も慌てるやろ」
価値観が人ではなくなってしまっている夫に対して、妻は呆れ溜息を吐く。
「まぁ、裏ルートで仕入れた情報によると、日本は結構安全な方らしいし」
「裏ルートなぁ?」
「そ、裏ルート」
東条はとぼけた顔で頷く。
中国から帰ってから密かにダムナっさんを日本に招集し聞いたところ、彼女はしっかりと向こうのボスに日本とノエルに手を出すなと伝え、了承させていた。
報連相を怠りやがって、あのコスプレシスターは「忙しくて忘れてたんですぅ!」とか言っていたが、そんなの知らん、ちゃんとひん剥いてやった。
そこで色々問い詰めたが、謎の組織の核心に迫れる様な情報は彼女も持っていなかった。というかダムナっさんは、廻星教が別の組織と繋がっていたことすら知らなかった。
あのプレムとかいうイカれ盲目エルフとは仲が良いらしいが、あくまでただの友達関係で、同士というわけではないらしい。
ただ、それに関しては薄々気づいてはいた。
元より廻星教は開闢の王のための組織であって、人を殺すのが目的じゃない。だがあのイカれ女の目的は人間の間引きであり、目的が人殺しだ。
んでそんなことよりも一番聞かなきゃならなかったのが、……あの泥ゲロ野郎の正体だ。
モロ廻星教の礼服を羽織っていたんだ、俺はてっきりあいつが廻星教のボスだと思っていたが、ダムナっさんに聞くとそんな奴は知らないと言われた。
ムカついたから裸のままノエルのくすぐり地獄の刑に処してやった。
彼女によると確かにボスとプレムが一緒にいるところはよく見るらしいが、当のボスの外見は白い髭を蓄えた高齢の爺さんらしい。
俺が見たのはドスキモいピンクのクソ女だ。全部違う。
最近はよくステラと会っていたが、あいつはあいつで防備を固める国とはまた違う方向を見ている感じがするし、何かもうよく分からんからとりあえずノエルのくすぐりの刑に処しておいた。
結論、ピリピリしてるってこと以外、よく分からんのだ。
東条は夜空を仰ぎ、シャンパンを飲み干す。
「……最近忙しくなっちまってんのは悪いと思ってる。けど、お前達が住むこの国には手ぇ出させねぇからよ、安心して笑っててくれや」
微笑む東条に、しかし紗命は口を尖らせその頬をつつく。
「嬉しい。嬉しいけど、……違うやろ? うちは世界の心配なんてしてへん。桐将が抱えすぎてる気がして心配なんよ。大丈夫? 頑張りすぎてへん?」
しっとりとした黒髪が夜風に揺れ、不安げな瞳が東条を見上げる。
……流石俺の妻だ。いつもドキドキさせてくれる。
頬を撫でる手に触れ、東条は苦笑した。
「大丈夫。たいして負担にはなってねぇさ」
「ほんと?」
「ああ。確かに色んな国とかステラに板挟みにあって考えることは増えたけど、外国回って楽しんで、クエスト受けて、やってることは変わらんからな。
それに考えることが増えたのは、守らなきゃならねぇもんが増えたからでもある。んでそれは俺が選んだ道だ。
っ疲れも不満も後悔も、なーーんにもねぇよ!」
「っふふ」
紗命を抱きしめ立ち上がった東条が、星空の下をクルクルと回る。
庭で薄目を開けたネロが、鼻息を鳴らし再び目を閉じた。
「なら安心やなぁ」
「おう、存分に大学生活楽しみな! てか何で経営学部なんだ? 起業でもするつもりなん?」
「ふふっ、秘密」
「楽しみにしとく」
クスクスと笑った紗命が東条の首に両腕を回し、優しくキスをする。
白い頬は仄かに染まり、艶を帯びた瞳と唇が月明かりに照らされ妖しく光る。
「……部屋、行こっか」
上目遣いで迫る紗命の唇を、
「ぅむ」
東条は人差し指で止めた。
「今日は我慢な」
親指で指す先には、バタバタと窓から離れてゆく野次馬達。
「……いけず」
紗命は小さく溜息を吐き、彼の胸の中で笑った。
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