2話



 魔素災害に巻き込まれた学生の中には、学校を卒業できないまま社会に放り出された者も多くいた。


 紗命もその一人であり、北海道の特区で約一年、国への協力と貢献で約一年、多くの同年代が普通の日常を歩む中、彼女は約二年間を学生の本分とは縁遠い修羅場で過ごした。


 悲観的に見る者が大多数だが、しかしこの状況は紗命自身が望んだことでもある。


 彼女は同じ災害仲間であり同学年でもある猫目や風代とは違い、高校に通い直す必要性を感じていなかった。

 気の合う友人作りも、クラスで盛り上がる学園祭も、放課後にカフェでするお喋りも、誰もが欲してやまない高校時代の青春も、東条を手に入れた今、紗命にとっては等しく時間の無駄である。


 早々に高卒認定試験をパスし、国からの依頼をこなしたり、暇潰しにモデル業をしてみたり、灰音と罵り合いながら片手間でコツコツ勉強すること一年、彼女は志望大学に見事合格。


 今日がその入学式なのである。



 父と母をタクシーに乗せ先に駅に送った東条と紗命一行は、かなりの注目を集めながらサークル勧誘の花道を歩く。


「もぅ。あなた、そないに睨まないの。皆怖がっとるやろ?」


「いいか紗命、入るサークルはちゃんと考えろよ? 新歓誘う男なんてワンチャン狙ってる奴しかいねぇんだ。テニスはダメだ。あとバンドもダメだ」


「はいはい、ふふっ」


 周囲にガンを飛ばしながら歩く東条に、灰音とノエルも「恥ずかしいねー」「ねー」と指を指す。

 その後ろで勧誘チラシを渡されたアリスが「ヒィッ⁉︎」と鳴いた。


 目の合った人間を威嚇している東条を、灰音が覗き込む。


「そう言えばさ、桐将君も一応大学生やってたよね?」


「あーね。自主退学したけどな」


 東条は特区を出た際、勝手に退学届けを出しに行っている。そしてそのせいでこっぴどく親に怒られている。


「サークル何入ってたの?」


「テニサー」


「んえ⁉︎」


 予想外の回答に全員が驚く。


「いや、彼女できるって言われたから……」


 口を尖らせる東条に、アリスが軽蔑の目を向ける。


「見損なったよこの不純男」


「マサは昔からマサ」


「でもノリがキツくてキツくて、女の子に無理やり飲ませてた奴ブン殴って出禁になった後は、結局オタク同好会の奴らとつるんでたわ」


「……見直してあげる」


「マサは昔からマサ」


 東条はもう昔に思えてしまう記憶に頬を緩める。

 会室に集まって推しの魅力を語り合い殴り合った日々。あん時の友達くらいだ。ゲームでノエルじゃなくて俺のクランに入ってくれるのは。

 ……最近忙しくて遊べてなかったからな。今度家に招待して嫁自慢して脳破壊してやろう。


 紗命が物思いに耽る彼をクスクスと笑う。


「要するに桐将みたいなのがうじゃうじゃしてるさかい、気ぃつけろってことやね?」


「仰る通りで」


 東条が深く頷いた、その時。


「とーじょーーさーーーん!」


「おっ?」


 聞き馴染みのある声が脇腹に衝突する。

 グリグリと押し付けてくる頭には、可愛らしい猫耳がピョコり。


「久しぶりっす! 東条さん!」


「おう。おめでとさん」


「ありがとっす!」


 いつも元気猫目ちゃんが、こちらを見上げパタパタと尻尾を振っている。出てる出てる。


「犬かお前」


「猫っす!」


 そこへ、


「ちょっといきなり走らないでよ猫目ちゃんっ」


「あらあら」


 スーツ姿の風代と着飾った氷室も合流する。


「風代も、おめでとう。元気してたか?」


「有難うございますっ。はい、東条さんも元気そうで何よりです」


「俺はいつだって元気よ。氷室さんも、お久しぶりです」


「ふふっ、お久しぶりです。東条様」


「様やめてね」


 東条はゴロゴロと喉を鳴らす猫目の頭を撫でる。

 久しぶりに会ったが、変わりない様で安心だ。


「しかし風代はともかく、猫目がここに受かるとはなぁ」


「っちょっと、どういうことっすか!」


「佐世子、涼音、お久」


「あらあら、お久しぶりですノエル様」


「久しぶりノエルちゃん」


「あたしだってやれば出来るんすよ!」


「よしよし、よく頑張ったな」


「ゴロゴロ」


「「……」」


 猫目と風代が着ているのは入学式用のスーツ。つまりそういうことだ。

 彼女達も今年から大学生、そして図らずも紗命と同じ門を潜ることになる。


 気持ち良さげに目を細める猫目の肩に、ポン、と手が置かれる。


「……あんさんが猫目はんかぁ。かぁいらしいなぁ」


「ふゃ⁉︎」


 ぬぅ、と横から出てきた紗命に、猫目の髪が逆立つ。


「ふわふわやなぁ。仲良うしよなぁ?」


「は、はい」


「あ、僕新入生じゃないから。え? サイン?」


「……東条君、もう帰ろうよぉ(ボソボソ)」


 借りてきた猫の様におとなしくなった猫目と袖を引っ張ってくるアリスを笑い、東条は「んじゃ行くか」と皆を連れて門を出る。


「今更ですけど、良いんですか私達まで?」


「パーティは皆でやった方が楽しいだろ? どうせ同じ大学なんだしよ。盛大に祝おうぜ!」


「東条さんの家楽しみっす! こんな人を産んだお父さんとお母さんにも会ってみたいっす!」


「こんな人って言うな」


 紗命に耳をワシャワシャされる猫目が、「てか、」と頬を膨らませる。


「あのイキり前髪は何やってるんすか? せっかく後輩になったのに」


「あー、今海外らしいぞ。伝えたら紗命に言っといてくれって。ほら」


 東条は――おめでとう――とだけ書かれた文面を猫目と風代に見せる。


「はぁ⁉︎ あたし既読無視されてるんすけど⁉︎」


「あ、朧君? 私には返信きたよ。おめでとうって」


「はぁあ⁉︎」


 朧にスタ爆する猫目をタクシーに乗せ、東条は両親を追いかけ駅に向かった。



 新幹線に乗って京都まで行き、邸宅に帰る。

 庭で寝ていたネロに猫目と風代が腰を抜かし、パーティの用意をしてくれていたユマさんに出迎えられ、バルコニーでバーベキューが始まった。



「……グルルゥ」


 ネロが皿を咥えおかわりを要求する先で、缶ビール片手に談笑しながら大量の肉を焼いて配るユマと氷室。


 寿司桶を片脇にアリスと東条の肉を強奪して逃げるノエルと、追いかけ回す二人。


 大学生活の質問を投げる猫目と風代に、笑顔でアドバイスを送る灰音と、その横で紫苑を撫でながらクスクスと笑う紗命。


 互いの息子、娘の大変だった話で盛り上がる両親。


 その後も庭でスポーツをしたり、

 ボードゲームで盛り上がったり、

 室内プールを飾り付けまくってナイトプールにしてパーリナイしたり、

 全員で東条を押さえつけている間に、東条母が持参した小さい頃の息子ビデオ鑑賞会をしたり、

 夜遅くまでドンチャン騒ぎしたのだった。


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