プロローグ

1話



 街行く人々がコートを脱ぎ、穏やかな日差しに前を向く。


 まだ少し肌寒い風が若草を揺らし、芽吹いた花々が景色を彩る。


 期待や不安が咲き乱れるこの季節、春。


 桜花爛漫の下、風に運ばれた花弁が黒髪の上にひらりと落ちた。


「髪に花付いてんぞ」


「あら、おおきに」


 学園内を満たす騒がしく明るい空気。

 スーツを着た新入生とその親御さん達の周りでは、サークル勧誘のために上級生が花道を作っている。


「あ、桐! ちゃんとこっち見なさい!」


「紗命っ、ギュッと、ギュッとしちゃいなさい!」


「……何枚撮るんだいったい」


「ふふっ、まぁそう言わんと、付き合うてやぁ」


 彼女の髪に付いた花びらを摘んでポイと捨てた東条は、紗命に腕を抱かれながら、母親達が構えるカメラにぎこちない笑みを浮かべる。


「よーし、じゃあ最後に皆寄って寄って!」


 はけていた彼女達が桜の木の下に集まる。


「改めておめでと紗命。これからは家のことも桐将君のこともぜーんぶ僕に任せて、存分に学んできなよ」


「おおきに灰音。自分から嫌われにいってくれるなんて殊勝やなぁ」


「ははっ」

「ふふふ」


 パンツスタイルのグレースーツを着て、髪をオールバック風に固めた灰音が紗命の隣に立つ。


「……うぅ、酔うぅ(ボソ)」


 似合わなすぎるスーツを着て、所々跳ねた髪を後ろで纏めたアリスが、太陽に目を窄めフラフラと手を引かれる。


「マサ、マサ、アリス吐きそう」


「飲み込め」


「だって」


「辛辣ぅ……」


 小学校の制服っぽい礼装を着たノエルが、アリスの手を引き、反対の手で東条の手を握る。


 並んだ五人を前に、東条と紗命の母達はカメラを構え、父達はうんうんと頷き、紫苑がケッ、と悪態を吐く。


「はい、チーズ!」


 肩に寄り添い微笑む紗命と目を合わせ、東条も祝いを込めて微笑ん――


「桐! こっち向きなさい!」


「……」


「ふふっ」

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