第40話


 カマエルは4枚の白翼をはためかせ、上空からモンテレイを一望する。

 破壊された日常、濁った血で染まる街並み、ビルから上がる煙は、腐った肉と悪意の臭いを運んでくる。


 最早道路はゾンビで溢れかえっている。蠢くゾンビ達は近くの集団との合流を繰り返し、大波となって首都へと歩を進めている。その規模と量を見るに、既に30万人は犠牲になっている。

 人型ゾンビの波から少し離れ進軍の先頭では、逃げ回る人間達をモンスター型と異形が襲っている。


 ……やはりここで間違いないですね。深呼吸し、無線に手を当てた。


「通達。感染拡大の要因は先頭を行くモンスターゾンビと異形です。ハンターは指定通り民間人の保護を。機銃隊と魔法部隊で小型を処理、異形を覚醒者複数人で撃滅、後方から戦車砲と榴弾で人型の侵攻を遅らせてください」


「「「「「了解」」」」」


 カマエルは空中で羽を折り畳み垂直に落下、今まさに民間人を襲おうとしていた異形の頭頂部に休めの姿勢で着地し、爆散させた。

 スタッ、と肉塊から降りた彼に、その場全ての視線が向けられる。


「あ、あ、あなたは⁉︎」「バルカサール様だ‼︎」「バルカサール様が来てくれたぞ‼︎」


「よく頑張りましたね。そのまま走り続けてください、軍が保護してくれます」


「あっありがとうございますッ」


 その場にいたモンスターゾンビ達は、いきなり現れた人間を一目で脅威と判断した。脅威は排除、全員で排除、それが彼らに下された命令だ。


「ギュエエエエッ」「ガギュぅぅ」「エフッエフッエフッ」「ンホォオオオオオオオッッッ」――


 全方位から襲いくる屍の群れを前に、カマエルは休めの姿勢のまま一言呟いた。


「『Coatl』」


 瞬間10mを越す炎の大蛇が顕現、カマエルを中心にトグロを巻くと同時に、周囲のゾンビを蹴散らし灰にした。

 トグロを解いた炎蛇の中から同じ蛇が9匹飛び出し、辺りのゾンビと戦闘を始める。


 ……蛇がゾンビに触れて分かったが、彼らには体温がない。熱の吸収が行えない分、大技の連発は控えた方がいいか。


「……早めに出てきて欲しいのですが、」


 前方から迫る人型ゾンビの大波を目に、カマエルは休めの姿勢のまま魔力を練る。

 直後大波の上空に現れる5本の長剣。赤く輝き炎が揺らめくその切先が、


「『Espada』」


 落ちた。

 瞬間十字の火柱が5本上がり、一撃で周囲を巻き込み600体以上を炎上、吹き飛ばした。


 カマエルはボトボトと落ちてくる焦げた腐肉を翼で防ぎながら、それでも歩みを止めないゾンビ達をジッと見つめる。


 ……出て来るまで焼き続けるしかないか。

 そう思い再び魔力を練ろうとした、その時だった。遠方から飛来してくる何かを見つけ、彼の顔が綻ぶ。


「これはこれは、あなたが一連の犯人で間違いないでしょうか?」


 自身の上空で停止した男に、カマエルは問いかける。


 黒と金の修道服。短く刈った髭を撫でる強面の翁。特徴的な黒い大翼をはためかせ、アズラエルは眉間に皺を寄せた。


「なぜ私がこの街にいると分かった?」


「漂っている魔力が汚すぎましてね」


「……鼻が良いのか。忌々しい蛇め」


「それで、質問に答えていただきたいのですが」


「……ああ。これは私の眷ぞ――」

「『Espada』」


 周囲を囲んだ3本の長剣がアズラエルに直撃。彼の返答を爆風で掻き消した。


 十字の爆煙を見つめながら、カマエルは「ふむ」と顎に指を当てる。


「落ちませんか」


「……何と高慢な。万死に値する」


 黒翼で身を守ったアズラエルは、青筋を浮かべ煙を吹き飛ばす。

 カマエルは砂埃を上げ、そんな彼と向かい合うように飛翔した。


「高慢、高慢ですか。そんな貴方はなぜこのようなことを?」


「この地は神を縛っている。星が人より生まれたなどあってはならない」


「……やはり貴方達は、ノエル様を狙って来たのですね」


 微笑むカマエルの声が、一段階低くなった。


「フッ、まるで自分達こそ正しいという様な顔だな。貴様らこそがあのお方の鎖になっていると自覚しろ、この痴れ者が」


「ノエル様は我が国の神として受肉なさったお方です。神聖なる存在を都合よく解釈するなど、それこそ高慢というものでしょう?」


「それが間違っているというだ!人の作った偶像にノエル様が宿ったのではない!ノエル様という神聖な器を貴様らの偶像が汚したのだ‼︎

 貴様らは所詮あのお方を自身の信仰する神の依代としてしか見ていない。ノエル様であるからこそ信仰されるべきなのだッ‼︎」


「……ふむ」


 アズラエルの信仰論に少しだけ驚いたカマエルは、顎に指を当て蛇眼を細める。

 ……まさかそうくるとは思っていなかった。少しだけ納得してしまった自分がいる。しかしこれは、卵が先か、鶏が先かの問題であり、解釈の違いは永久に交わることのない命題である。

 ノエル様を信仰すること自体は反対というか寧ろ賛成ですらあるが、そこに至ってからの結論を……彼は間違えたのだ。


「貴方の言い分には、共感できるところもありました」


「ほう」


「だたですね、……どんなことがあろうと、民の平和を脅かして良い理由にはならないのですよ。それは神意ではない、人のエゴです。殺戮と蹂躙の理由に信仰を使ってしまった時点で、貴方は鬼畜に成り下がりました」


 カマエルの真っ直ぐな瞳を、アズラエルは鼻で笑う。


「所詮は蛮族か。相容れぬな」


「ええ。貴方には地獄すら生ぬるい」


 2人の魔力が膨れ上がり、大気が震えビルのガラスが砕け散る。


「死ぬがいい、愚かな蛇よ」


「死になさい、哀れな信徒よ」


 向かい合う白い翼と黒い翼。その様はまるで、



「「神の名の下に」」



 天使の決闘であった。

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