4章〜天使とは美しい花を撒き散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者である〜
第39話
メキシコ中に鳴り響く警報の中、首都であるメキシコシティに集中していた軍が四方に散ってゆく。
対策会議を迅速に済ませたカマエル達将校も、苦虫を噛み潰し急いで軍服を羽織った。
「っクソ、まさか首都近辺に隠れていた大量の暴徒がブラフだったとは!」
一人の将校が毒づく。
そうなのだ、軍部はここ数日の制圧任務で大量の反社会組織を捕縛、抹殺していた。
カマエルの想定通り彼らは首都近くの地下や遺跡に隠れ潜み、虎視眈々とその時を待っていたのだ。ノエルと東条のためもあり首都に軍備を集中させ、そんな卑劣な輩どもを一網打尽にした。しかしその結果、他州の調査に隙が出来てしまった。
そしてその隙こそが、敵側の本命だったというわけだ。
「それだけじゃないわ。ここ数ヶ月に渡って繰り返されていたテロ行為がメキシコシティに集中していたのも、恐らくこの時のため」
「東条殿とノエル様の来日を計画に含めた犯行じゃ。明らかに第三者の手が介入しておる。戦争じゃぞ、これは」
「……口を割ろうとした尋問者の全てが、脳機能に障害をきたし死にました。この映像を見れば納得です。
恐らく敵の首魁は、支配下に置いた者を生者死者問わず操ることが出来るcellを有しています」
いつもの微笑みを消したカマエルに続き、将校達がホテルの廊下を足早に歩く。
「申し訳ございません皆さん。私の判断ミスです」
「それは違いますよ閣下。ノエル様に防衛力を集中させたのは国の総意です。決して閣下のせいではありません」
カマエルは感謝の意を込め少しだけ微笑み、エントランスの扉を開く。
目の前に広がるソカロ広場には人一人おらず、首都に住む民達が有事の際に開く防衛施設に避難できていることを確認する。
カマエルは士官無線を取り、将校達に向き直った。
「傾聴。敵は北西、北東、南西、南東の四方から中央に向けて行軍中です。
敵の特徴は俗に言うゾンビと類似、頭部もしくは延髄を破壊しない限り活動は停止しません。銃火器は有効です。変異は咬傷による感染と断定。死なないかぎり発症はしないため、傷がある者の保護と隔離を徹底してください。
防衛ラインをサカテカス、サン・ルイス・ポトシ、プエブラ、トラスカラの州境に敷いてください。生存者はとにかくメキシコシティに向けて走れ、と公共電波での呼びかけをお願いします。
ゾンビは脅威的な速度で増加しています、故に……死者が発生した4州は切り捨てます。10分後に爆撃を開始、以上」
無線を切ったカマエルは目を瞑り息を吐く。
無垢な命に黙祷を捧げ、全ての迷いを消し真紅の蛇眼を開いた。
「3方は頼みます。モンテレイには私が行きます」
「「「「了解」」」」
各々のcellで急行する将校達と同時に、カマエルの背中から大きな白い4枚羽が生え、一瞬で天高くに飛び上がり空を翔ける。
彼は高速で流れる眼下に戦車と装甲車の列を見ながら、ポケットに手を入れスマホを取る。
『カマエルさん、何の騒ぎですこれ?』
「申し訳ございません東条様、国内で大規模なテロが起こりまして、その制圧を開始します。少し席を外しますが、ご心配なく。すぐに終わらせますので」
『え?ごぉぉって殆ど聞こえないんですけど、え?』
「では後程」
電話を切ったカマエルは火の手の上がるモンテレイを視界に収め、更に加速した。
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