第38話



 朝6時、メキシコ、2人が宿泊中のホテル。

 即席司令部に置かれたGATEが青白く光り、中から男が出てくる。

 並んで準備していたカマエル達が、男に向けて頭を下げた。


「お帰りなさいませ、東条様」


「うぃっす。GATEオープンあざす。これお土産です」


 カマエルに紙袋を渡す。


「なんと、有難うございます。開けてもよろしいでしょうか?」


「どーぞどーぞ。ただの巻き寿司ですけど」


「寿司!おぉ、黒い⁉︎」

「閣下、俺にも一口」「閣下」「1人で食べるのは違いますよね、閣下」「閣下」「閣下閣下閣下閣下」――


 ジリジリとカマエルに群がる隊員達を笑い、東条は自室に戻ろうと扉を開ける。


「そういえば東条様」


「ん?」


 壁際に追い詰められたカマエルが、ふ、と気づく。


「ノエル様は一緒ではないのですか?」


「あぁ、何か眠いみたいで」


「そうでしたか。昨日の祭りで疲れてしまったのでしょう、朝食は少し遅らせましょうか?」


「頼んます」


 はてさてどうするか。東条は廊下を歩きながら頭を悩ませる。

 嫉妬に狂う蛇に1番効果的な物は何か?紗命には甘やかしてあげろと言われたが、やはりそういうのが良いのだろうか?

 でも逆に拒否される可能性もあるよな。女は天邪鬼ってのはよく聞く話だ。


「……とりあえず抱きしめてやるかぁ」


 ドアを開け、暗いままのリビングを通り、寝室の電気をつける。


「おーい起き……ぉん?」


 ベッドの上にはグシャグシャのシーツが広がっているだけで、ノエルの姿はない。

 加えて横の窓が中途半端に開き、カーテンが風に靡いている。


「……え、家出?」


 困惑する東条がノエルの名前を呼びながら部屋中を探し回っていると、リビングのテーブルに1枚の便箋が置いてあることに気づく。


「実家に帰りますってか?勘弁してくれよ」



『彼女は我々を選んだ。神秘の都より音が消える時、玉座の間に1人で来い。これは試練である。神の定めた試練である』



「……」


 便箋をたたみ、椅子を引いて腰を下ろす。


「…………」


 ガリガリと頭を掻き、……大きく溜息を吐いた。




 同時刻、メキシコは大都市モンテレイ。


 青年が日課の朝のジョギングをしていた所、壁に向かってグッタリとしている男を発見する。身なりは綺麗で、ホームレスとも思えない。


「え、大丈夫ですか?」


 イヤホンを取り心配して肩を叩くも、反応はなし。


「っ(臭っ)」


 同時に鼻を突く異臭。生ゴミを腐らせた様な臭いに青年は鼻を顔を顰め、1歩引いてしまう。

 臭いのでどころはこの男の人?いやいやいや、そんなわけ。


 とその時ようやく気づいたのか、男がゆっくりと振り向いた。


「あ、大丈夫ですか?何か具合悪そ、ぅ……」


 振り向いた男を見て、青年の顔が徐々に固まってゆく。


 ……なぜなら男の顔には上唇と下唇がなく、血だらけの歯茎が剥き出しになっていたのだから。


「……へ?(……歯周病?)」


 青年はあまりの恐怖と驚愕に現実逃避をした。

 しかしその有様はどう見ても歯周病ではない。眼球は濁り、鼻はなく、腐敗臭を漂わせる。

 ……まさにそれは、


「ァァァァアア」

「え、ヒィッぎゃアアアアアアアア⁉︎」



 ゾンビであった。



 メキシコ国内モンテレイ、並びにドゥランゴ、オアハカ、ベラクルスにて、マンホールの蓋が開き、地下から大量のゾンビが溢れ出した。


 その種類や形は多種多様であり、動物やモンスター、人間は勿論、無茶苦茶に掛け合わされた様な異形のゾンビまでもが地面を突き破り走行中の車を吹き飛ばす。


 噛みつき、切り裂き、貪り、喰い散らす死体の軍勢に、生者は阿鼻叫喚し逃げ惑う。


 パトカーが民家に突っ込み爆発し、虚しい銃声が街中に鳴り響き、生者が減って死者が増える。


「クッ来るなッ⁉︎軍とハンターに応えあぎゃああああ⁉︎」

「ァアアアっ」


 地元警察の首を噛みちぎった青年は、経口投与で汚染された魔素を流し込む。口を血で染め立ち上がった彼は、仲間を増やすべく、ゆっくりとジョギングを始める。




 時刻6:05分――地獄が始まった。


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