第37話 怪物
目を開けた先、ノエルの影が伸びる先に、数人の白装束が跪いていた。
修道士?……にしては1人1人の纏う魔力が常人のソレを遥かに凌駕している。……特に真ん中の女。
女が立ち上がり、恭しく一礼する。
「お初にお目にかかります、ノエル様」
「誰」
「わたくし、ディヴィナ・ダムナティオと申します」
「何の用」
「この度は我が教団の使者として、星の神であらせられるノエル様をお迎えにあがりました」
「……。興味ない。消えろ」
「お話だけでも」
瞬間白装束の足元から鋭利な棘が伸び、全員の首元に切先が触れる。
他の団員が息を飲み固まる中、ディヴィナだけは優しく微笑んだまま。
ノエルが苛立ちと共に彼女らを一瞥する。
「2度言わせるな」
「……失礼いたしました、我が無礼をお許しください。……先に戻ってください」
「「「ハっ」」」
闇間に散ってゆく白装束達から、ノエルはディヴィナとやらに目を移す。
女は図々しくも、「よっこいしょ」と自分の隣に座ってきた。
「消えろと言った」
「はい、言われました。なのでもうお誘いは致しません。今のわたくしは、たまたまベンチに座った散歩中のシスターです」
……何だこいつ?
「見るに、ノエル様は何か悩んでおられた様子」
「……」
「相談を共に解決へ導くのも、シスターたる者の務めです」
「……別に、悩んでない」
そっぽを向くノエルに、ディヴィナはふむふむと頷く。
「ズバリ、……恋、ですね?」
「ぎくっ」
「(……ぎくって言った。可愛い)……やはりですか」
「な、何で分かった?」
「殿方への恋慕というものは、顔に出てしまう物なのです」
ペタペタと顔を触るノエルに、ディヴィナは微笑む。
「お相手は東条様ですか?」
「……ん」
「彼の奥方様に嫉妬しまう自分と、そんな自分を嫌悪してしまう自分、その板挟みに苦しんでいる」
「凄い。何で分かった?」
「わたくしも女です。経験はありますとも」
「ディヴィナも経験ある?」
「勿論です。わたくしの場合は、好きな殿方が、わたくしの親友のことを好きになってしまいましてね」
「うわぁ」
「わたくしは彼が好きなのに、彼はわたくしに親友のことを相談してくるんです。そして親友はわたくしと彼をくっつようと頑張ってくれるんです。誰も悪くないから、誰も責められない。毎日毎日笑顔の裏で、嫉妬に吐きそうでした。
……懐かしいですね、中学生の頃です」
「……ディヴィナはどうやって乗り越えた?」
「……その2人は付き合って、結婚したんです。乗り越えた、というよりは、諦めるしかなかった、でしょうか」
「……ごめ」
「ふふふっ、謝らないでください。わたくしは彼らを祝福していますし、今ではいい思い出です。
そう考えれば、やはり解決してくれるのは時間なのでしょうが、……ノエル様が知りたいのはそういうことではないのですよね?」
「……ん」
ノエルは膝の上に置いた手をモジモジと遊ばせる。
「ノエルは浅ましい」
「そんなことありません」
「でもノエルは自分のことしか考えていない」
「ノエル様が悩んでいるのは、東条様や奥方様のこともちゃんと考えている証拠です」
「……違う。それはただのポーズ。マサにノエルのことを考えて欲しいから、悩んでいるふりをしている」
「それはちが……」
否定しようとしたディヴィナはしかし、そこで口を閉じた。
「……いえ、違くありませんね。今のノエル様は、自分勝手と言わざるを得ないです」
「……(シュン)」
「(あぁごめんなさいノエル様っ)……しかし、しかしですよノエル様、恋する乙女が自分勝手であって、何がいけないのでしょうか?」
「……ぇ?」
「東条様にアプローチする際、紗命様は自分勝手ではなかったのですか?灰音様は?」
「自分勝手だった。めちゃ」
即答である。
「わたくしはね、わたくしの親友と彼のことを今でこそ祝福してはいますが、同時に後悔もしているのです」
「後悔?」
「はい。結果がどうなろうと、あの時わたくしは勝負をするべきだった。あの時、わたくしは彼女にではなく、自分自身に負けたのです。それが、わたくしは不甲斐なくてならない。
ノエル様と東条様の関係は特殊です。既に堅く深い愛で結ばれている」
「……(ぽっ)」
ディヴィナは頬を薄く染めるノエルの初さに戦慄し思わず手を伸ばしそうになるが、神を撫でるなど不遜‼︎と唇を噛み千切り耐える。
「で、ですので、多少想いをぶつけたところで、その愛はびくともしません。寧ろ想いをぶつけることこそ、前に進むきっかけであるとわたくしは思います」
「……嫌われない?」
「嫌われません!自身の選んだ殿方を信じてあげてください。それが愛というものです」
「おぉ」
「それに、ノエル様に我慢など似合いません。貴方様の中に眠る、その欲望を目覚めさせる時です。独占欲という名の、巨大な怪物を!」
「おぉっ」
「恋する乙女は治外法権!全てが肯定され、全てが許されるのです!」
「おぉー」
目をキラキラとさせるノエルに微笑み、立ち上がったディヴィナは格好つけてローブを翻す。
「フッ、わたくしに出来ることはここまでです。ノエル様の恋路、陰ながら応援させていただきます」
去ろうとした彼女の手を、しかしノエルが掴む。
「えっ(おてて柔らかいっ⁉︎)」
「ディヴィナ、ありがと」
「そんな、有り難き幸せでございます」
「ディヴィナ、ノエルを迎えに来たって言った。ノエルに酷いことする?」
「っま、まさかするわけありません⁉︎ノエル様は我らが教団が崇める神。その玉座に座っていただきたいと思っているだけです」
「ん。ならついていってもいい」
「んな、ッ本当で――」
「ただし条件がある」
ノエルはディヴィナの耳に顔を近づけ、何かを囁いた。
途端ディヴィナの頬に冷や汗が垂れる。
「……え、それは」
「神の試練」
「試練!」
今度はディヴィナの目がキラキラと輝く。
「もしこの試練を乗り越えることが出来たら、ノエルを好きにしていい」
「す、好きに⁉︎はっ、わたくしは何をっ」
妄想を振り払ったディヴィナは、真面目な顔で眼前の神を見つめる。
「二言はありませんね?ノエル様」
「ん」
ノエルは跪いた信徒を見下ろす。
「……承知致しました。その試練、わたくしディヴィナ・ダムナティオが成し遂げてみせましょう」
「応援はしない」
「心得ております」
立ち上がったディヴィナは、ノエルと手を繋ぎ闇へと消えてゆく。
「……もう3時間経った。マサ迎えに来ない」
「故郷に帰っているのですし、仕方ないのでは」
「や。ムカつく」
「そのいきでございます」
小さな少女の小さな心の中、沖縄で芽生え、気付かぬうちに成長し、抑圧し続けてきた怪物が
……鎌首をもたげた。
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