第33話
「たっだいま〜〜!」
「お帰りなさい」「おっかえり〜!」
京都基地のドアを潜った東条は、飛びついてきた灰音と微笑む紗命に出迎えられエントランスを抜ける。
その先には頭を下げるユマと、ジト目を向けてくるジャージ姿のアリス。
「お帰りなさいませ、東条様」
「ただいまです、その節は色々迷惑かけてすみませんでした」
「いえいえ。それで、その、ノエル様は?」
「何か眠いみたいで、後から来ると思います」
「そ、そうですか。承知しました」
見るからに残念そうに食事の準備に戻るユマに苦笑し、東条は気まずげに目を泳がせているアリスの頭に手を置きグシャグシャっと掻き回す。
「っちょっ、んな⁉︎やめ⁉︎」
「ハッハッハ、元気してたかアリス?」
「見れば分かるでしょ⁉︎女の子の頭いきなり撫でるとか最っ低!」
「あれ?臭くない。お前風呂入るようになったのか」
「――ッ最ッ低‼︎」
手の臭いを嗅ぐデリカシーの欠片もない男を、アリスは涙目になりながらゲシゲシと蹴る。
「あなたねぇ……、堪忍なアリスはん。バカなんよこの人」
「うわぁ、アハハっ、キモいね桐将君」
「そう褒めるなって」
「禿げろボケっ!キャっ⁉︎」
両足を肩に担がれ宙ぶらりんの状態で運ばれてゆくアリスを笑いながら、彼らはリビングへと上がっていった。
「何でスーツなんて着てんのさ?」
キッチンで料理得意3人組が軽食を作ってくれている間。ズレた眼鏡を直すアリスは、対面に座る東条を睨む。
「カッコいいだろ?ほらこれ、祭りで着てたんだよ」
「まぁ、カッコいいけど……。うわすごっ、こわっ⁉︎」
骸骨沢山の祭りの写真を見て、アリスが引く。
「はいこれ、アリスにお土産」
「え、ありがぃやこわっ⁉︎」
「それ持ってたら蟻に襲われないから」
「インディの⁉︎呪いかかってんじゃん⁉︎」
彼女は受け取った精巧なクリスタルスカルを、ぎこちなく膝の上に置いた。
「どうだ?仕事の方は、サボってないか?」
「お父さんかっ、やってるよちゃんと!アルベルティさんだっけ?あの人ライブと動画のペースエグすぎてデータ圧迫してるんだけど?話してもテンション高すぎてノリで押してくるし、私の一番苦手なタイプ」
「ハハっ、面白い奴だろ?気が合いそうで何よりだよ」
「話聞いてた?」
「ちゃんと飯食ってるか?エナドリばっかじゃ体調壊すぞ?」
「お母さんかっ、食べてるよちゃんと!ユマさんのご飯美味しいんだから」
「恐縮です」とユマさんが皿を置いて去ってゆく。
「……確かに、少し太ったか?いや、そんなことないか?」
「っじ、ジロジロ見るなノンデリ変態ゴリラ!」
胸元を抑えるアリスが、ふむふむと頷く東条をキッと睨む。
「最近は仕事以外で何してんだ?」
「会話下手かよ⁉︎私に言われるって相当だぞ!」
「ずっとゲームか?」
「ま、まぁそうだけど。今はもっぱらRTSにハマってるよ。一緒にやったじゃん」
「あれか、お前のクラン強すぎんだよ。壁外の畑1つ奪えなかったわ」
「ど、努力の結果だし。東条くんのクラン、正面突撃しかしてこないじゃん」
「蹂躙こそ正義」
「バカなんだから戦略練らないと。対戦車地雷で全員吹っ飛んだ時は笑ったなぁ」
「ちくしょう。俺も課金するかぁ」
「……は?あのゲームが課金ゲーだって言いたいの?これだから嫌なんだよ素人は。運営がしっかりと道を作ってくれているのに少しでも思い通りにいかないとやれキャラが弱いだのクソマップだの自分の怠慢をシステムのせいにして課金で片付けるんだ。どうせお前らは自分の人生すら碌にプレイできない非モテ隠キャの集まりで日頃の鬱憤をゲームで晴らすことしかできない可哀想な人間なんだこのド三流共が(ボソボソボソ)」
「すまんすまんっ、いきなり流暢になるな怖いから!」
どこの界隈にもイチャモンをつけてくる奴はいる。瞳から光の消えたアリスに謝る東条は、「課金といや、」と思い出す。
「ノエルが口座見て顔顰めてたけど、お前何かした?」
瞬間アリスの身体がビクッ、と強張り、顔が引き攣る。
「さ、さぁ?何だろ(ボソ)」
「お前、まさか共通口座から廃課金してないよな?」
「さ、流石にしないよそんなことっ⁉︎私を何だと思ってるのさ!」
「なら良いんだけど」
「ほ、ほほほほら、これおいしそうだよ?食べ――」
その時ヌっ、と入ってきたユマが皿を置くついでに東条にタブレットを渡す。
「こちらアリス様の直近3ヶ月の出費を纏めたものでございます」
「お、ども」
「ユマさん⁉︎ちょっ」
サラサラと捲りながらその内容に目を通す。
課金、課金、課金、エナドリ、課金。……マジで課金しかしてないなコイツ。エナドリはちゃっかり経費で落としてるし。
そして1番最後のページに辿り着いた時、
「……ぉん?」
東条は一瞬自分の目を疑った。いや何、普通に見間違いかと思ったのだ。……何かの機械か?よく分からない横文字の隣に並んでいる0の数が、明らかにおかしい。
「500万、300万、150万、2500万、3000万、50万、4800万、2億、7億、ご、55億⁉︎」
勿論全て経費。
瞬間立ち上がり逃走を図るアリスに、
「あびゅ⁉︎」
東条は足をかけすっ転ばせる。
「おまっ、何だこれ⁉︎何買った⁉︎」
「だって仕方ないじゃん⁉︎ハードモソフトもデバイスも魅力的なのめっちゃあったんだもん⁉︎東条くん達だけ行ってズルいじゃんズルいズルいズルい‼︎」
地に落ちたセミの如くジタバタと暴れる彼女に灰音と紗命は笑い、東条はそのセミファイナルぶり気圧されたじろぐ。
「アリス様は今回の技術フェスのことについて仰っています。こちらの物品は全て、先日オープンされた公式通販サイトで落札された物です」
「な、なるほど。通訳ありがとうございます」
「いえいえ。ほらアリス様立ってください。醜いですよ」
「醜いって言うな!」
ビクビクとソファに座ったアリスに、東条は頭を抱え溜息を吐く。
「いやな?うちに入る時にも言った通り、別にパソコン機器はお前にとっても俺達にとっても必須なわけだし、共通口座で落とすのは構わないんだけどよ?」
(構わないんや)(太っ腹だなぁ)
「……ぁい」
「……言おうよ、一言」
「……ぁい」
シュンと萎んでしまったアリスに、東条は思わず笑ってしまった。
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