第32話




 祭りから帰り、少し眠った深夜0時。


「行くぞー」


「……ん」


「ほらほら」


「んん……後から行く」


「えぇ……」


 東条はシーツにくるまって起きそうにないノエルに溜息を吐き、仕方なく大量のお土産袋を持ち上げる。


「言っといてやるから、早めにな」


「……ん」


 気に入ってしまったスーツを着て大荷物を持った東条は、腕に嵌めた銀のブレスレットを操作する。


 ――起動。

 空気中から吸い込まれてゆく魔素が青く光る電子回路を通り、目の前に投射、あらかじめ指定された空間座標に穴を開け、現在地とのトンネルと作成した。


「おぉ」


 青く渦巻く空間の歪みを見て、東条は改めてあの生意気小娘の凄まじさを実感する。今後の世界は、彼女無くして成り立たないとすら言える。


「おいステラ、これ変なとこに飛ばされたりしないよな?」


 腕輪に向かって話す。


『原理上、同じ波の揺らぎを持つ空間の歪みが別箇所で同時に生成された場合、予期せぬ場所に飛ばされる可能性はある』


「こわっ」


『億分の1もないから気にするな。早く行け』


「……お前俺で実験したいだけだろ」


 恐る恐る歪みに足を踏み入れた東条が音もなく消え、GATEが閉じた。





 ……再び暗闇が戻った部屋の中。


 未だ続いている祭りの喧騒だけが、小さくシーツの中まで響いてくる。


「……」


 ノエルは目を覚ましていた。


 ちゃんと目を覚ましていたのに、咄嗟に眠いふりをした。


 薄い1枚のシーツで覆われる闇。


 ジクジクと湧き上がる罪悪感の中に、抗い難い安堵を感じてしまっている。


「……」


 少女は身体を丸め、そんな自分を嫌悪した。





 東条は次の瞬間切り替わった景色に思わず感嘆した。

 大きな研究施設の様な場所で、白衣を着た数人が同じ様に感激している。これがワープ、人類がドラえもんを作り出せる日は案外近いかもしれない。


 その時後ろから、杖で地面を打つ音が反響してくる。振り返った東条は荷物を置き、相変わらずのニヤけ面に笑みを返した。


「久しぶりだな」



「本当だよ〜。どれだけ俺がお前を想っていたか、……おかえりマサ」



「はいはい、ただいま」


 黒いスーツに赤いポケットチーフ、白いマダラ模様の杖。

 ボサついた髪と無精髭で端正な顔を台無しにした、無気力を全身から垂れ流すくたびれイケオジ。

 しかし前髪の隙間から覗く眼光は鋭く、奥底に秘める獰猛さはまるで獲物を狙う梟。


「良いスーツじゃーん。あれ、ノエルは?」


「眠いってよ」


「クフフっ、そっちは深夜だもんなぁ。GATEはいつでも開けられるようにしとくから」


「わり」


 藜と固く手を組んだ東条は、彼に続き地下研究所の扉を潜る。


「今日はありがとな。こっち側起動してくれて」


「それくらい何てことないさ。俺も1度動いてるとこ見たかったし」


「笠羅祇さんは?元気?」


「元気だぞ〜。ま、もう日本出ちまったがな」


「もう⁉︎お土産買ってきたのに」


「修行じゃ修行じゃ!つって、帰ってくるや否や新大陸に飛び込んでったよ。クフフっ、元気なジジイだぜまったく」


「真狐さんは?久しぶりに会いたかったんだけど」


「あいつも留守だよ、今ちょっと忙しくてね。土産は俺から渡しとくから、ありがとね」


 上階へ向かうエレベーターの中で、東条は後ろに控える秘書にお土産を渡す。

 藜は袋の中身を覗き、ふむふむと頷いた。


「メキシコかぁ、ノエルのお願いかな?」


「お前、知ってたのか?」


「てこたぁやっぱアステカか。あそこの神話は蛇が多いからな〜、良いじゃん」


 サムズアップする藜に、東条はジト目を送る。


「……逆にお前が分からねぇことって何だよ?」


「女心かな〜」


「ほざけ」


 エレベーターから降り、自分達に姿勢を正す組員に挨拶しながら歩く。


「で今日はこれからどうすんだ?飲むか?」


「用事終わったらな。京都帰ってイチャイチャした後、また戻ってくるわ」


「モテる男は辛いねぇ、クハハっ」


 裏口の車庫で黒塗りの車に乗った東条の耳に、藜が顔を寄せる。


「改めて言っとくが、国の人間には会わないように頼むぜ?俺も、マサの家族も、常に監視されているからな。

 もしマサが日本にいるってバレると、日本に政府の所有していないGATEがあるってバレちまう。そうなると流石の俺も言い訳ができない」


「分かってるよ。外には出ないし、移動もそっちの組員に任せる」


「うんうん。ありがとう」


「こっちこそな、また後で。ノエル来たら頼む」


「あいよ〜」


 ニッコリと微笑む藜は、手を振り親友の背中を見送った。


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