「マサ?入るよ?……っ」


 ホテルの一室をノックし扉を開けたノエルは、リビングに充満する濃密すぎる魔力に顔を顰める。

 ……漏れ出た怒気でこれだ。奥にいる彼の心境など、見なくても分かる。


「……マサ?」



「……………………」



 開かれたノートパソコンと、その前に座りピクリとも動かない東条。


 ノエルは近寄り、そっと覗く。


 画面の中に映るのは、今まで撮られてきたベルナルムのあらゆる戦闘シーン。


 彼の収縮した蛇眼が、その動きを、能力を、あらゆる可能性と対策、反撃とカウンター、癖に至るまで、同時思考に修正を加え、一寸の漏れも許さず追い続けている。


 燃え滾る怒りはそのままに、されど頭はどこまでも冷静に。

 アレを狩るためだけに、全思考力を1点に向ける。


 今の東条には、隣に立つノエルすら眼中にない。


 察したノエルは、


「(ちょこん)」


 デスクにアメちゃんを1つ置き、部屋を後にした。





 ドアを開け帰ってくるノエルに、落ち着かなそうに待っていた紗命と灰音は顔を上げる。


「どうだった?……怒ってた?」


「ん。激怒スティックファイナリアリティプンプンドリーム」


「最上級じゃん」


「……はぁぁ」


 灰音がベッドに仰向けで倒れる。


 その隣で、紗命が深く溜息を吐いた。

 そこに乗るのは、隠しようのない自責と不甲斐なさ。


「…………せやろなぁ」


 悲嘆に顔を覆い俯く紗命の前に立ち、ノエルは彼女の頭をヨシヨシと撫でる。


「……これじゃぁ、前となんにも変わっとらんっ」


「……合わせる顔がないよ。ほんとに」


 何が自分達は強いだ。説教しておいてこのざまか。2人は悔しさに歯を食い縛る。


 彼のパートナーとして、絶対に必要な条件。

『あらゆる悪意から自衛出来るだけの実力』。

 枕詞にあらゆると付くそれに、例外はない。モンスター、世論、そして人。例外はないのだ。


 紗命は池袋で、彼を1人置き去りにしたあの日。


 灰音は沖縄で、血溜まりの中彼に守られたあの日。


 もう2度と同じ轍は踏まないと、そう誓ったのだ。誓った、筈だったのだ。


「マサは別に2人に怒ってない」


「分かっとるよ。……でも、約束したんよ。ついて行くなら、それに見合うだけ強うなるって。……それが条件やったんよ」


 冒険に出る前、屋上でした約束。それを、自分は2度も破ってしまった。

 ……失格だ。


「……ああ、フられるんだ。僕」


 死んだ目で天井を見る灰音の頬を、ノエルがペチペチ叩く。


「紗命も灰音も考えすぎ。め」


「……でも」「……だって」


「じゃあ何でノエルはまだ見捨てられてない?」


「それは、ノエルが可愛いから」


「えへへ」


「照れるな」


 灰音がノエルのほっぺをぷにっと刺す。


「ニョエフはマサにめちゃ迷惑かけたし、カロンにも負けた。負け負けの人生。でもマサはノエルのこと好きって言ってくれた」


「……あんさんは特殊やろ」


「2人だって特殊」


「何がさ?」


「もうマサに愛されてる」


「「……」」


「この感情の前じゃ、どんなことだって二の次になる。ノエルは学んだ」


 2人は目の前の小さな少女を、驚きと、関心と、そして少しばかりの嫉妬を含んだ目で見つめた。


 同時にリビングのドアが開き、タイミングを見計らっていた紅がビニール袋を下げ入って来る。


「まったく、お前達はアイツのこととなるとすぐ弱気になるな?普段の図太さはどこへやら」


「……聞き捨てならんわぁ」


「何買って来たの?」


「酒だ。こういう時こそ飲め」


 ガンッ、とテーブルに置かれた酒の束に、3人が呆れる。


「紅、いつもそれ」


「何だノエル、お前も飲むか?」


「ちょい、未成年に酒勧めへんでもらえる?」


「ノエル酒嫌い。まずい」


「ほぉ、東条は幼気な少女に飲酒させたことがある、と。メモメモ」


「ねえ!僕の彼氏にスキャンダル付けないでくれる⁉︎」


 飛びかかる灰音を紅がひらりと躱す。


「お似合いじゃないか?ミススキャンダル」


「変なあだ名付けるな⁉︎」


 やんややんやと騒ぐ2人。

 そんな光景を見ながら紗命はクスクスと笑い、隣で酒を舐め顔を顰めているノエルに目をやる。


 どこまでも合理的なのに、たまに感情の本質を突いてくる。



 ……こういう所なのかもしれない。

 うちが大嫌いな筈のこの子に、少しだけ惹かれてしまうのは。



「ノエル?」


「ん?」



「だぁーいっきらい」



「何で⁉︎」


「ふふっ」


 突然の宣言に驚くノエルを見て、紗命は楽しそうに微笑んだ。


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