5
「マサ?入るよ?……っ」
ホテルの一室をノックし扉を開けたノエルは、リビングに充満する濃密すぎる魔力に顔を顰める。
……漏れ出た怒気でこれだ。奥にいる彼の心境など、見なくても分かる。
「……マサ?」
「……………………」
開かれたノートパソコンと、その前に座りピクリとも動かない東条。
ノエルは近寄り、そっと覗く。
画面の中に映るのは、今まで撮られてきたベルナルムのあらゆる戦闘シーン。
彼の収縮した蛇眼が、その動きを、能力を、あらゆる可能性と対策、反撃とカウンター、癖に至るまで、同時思考に修正を加え、一寸の漏れも許さず追い続けている。
燃え滾る怒りはそのままに、されど頭はどこまでも冷静に。
アレを狩るためだけに、全思考力を1点に向ける。
今の東条には、隣に立つノエルすら眼中にない。
察したノエルは、
「(ちょこん)」
デスクにアメちゃんを1つ置き、部屋を後にした。
ドアを開け帰ってくるノエルに、落ち着かなそうに待っていた紗命と灰音は顔を上げる。
「どうだった?……怒ってた?」
「ん。激怒スティックファイナリアリティプンプンドリーム」
「最上級じゃん」
「……はぁぁ」
灰音がベッドに仰向けで倒れる。
その隣で、紗命が深く溜息を吐いた。
そこに乗るのは、隠しようのない自責と不甲斐なさ。
「…………せやろなぁ」
悲嘆に顔を覆い俯く紗命の前に立ち、ノエルは彼女の頭をヨシヨシと撫でる。
「……これじゃぁ、前となんにも変わっとらんっ」
「……合わせる顔がないよ。ほんとに」
何が自分達は強いだ。説教しておいてこのざまか。2人は悔しさに歯を食い縛る。
彼のパートナーとして、絶対に必要な条件。
『あらゆる悪意から自衛出来るだけの実力』。
枕詞にあらゆると付くそれに、例外はない。モンスター、世論、そして人。例外はないのだ。
紗命は池袋で、彼を1人置き去りにしたあの日。
灰音は沖縄で、血溜まりの中彼に守られたあの日。
もう2度と同じ轍は踏まないと、そう誓ったのだ。誓った、筈だったのだ。
「マサは別に2人に怒ってない」
「分かっとるよ。……でも、約束したんよ。ついて行くなら、それに見合うだけ強うなるって。……それが条件やったんよ」
冒険に出る前、屋上でした約束。それを、自分は2度も破ってしまった。
……失格だ。
「……ああ、フられるんだ。僕」
死んだ目で天井を見る灰音の頬を、ノエルがペチペチ叩く。
「紗命も灰音も考えすぎ。め」
「……でも」「……だって」
「じゃあ何でノエルはまだ見捨てられてない?」
「それは、ノエルが可愛いから」
「えへへ」
「照れるな」
灰音がノエルのほっぺをぷにっと刺す。
「ニョエフはマサにめちゃ迷惑かけたし、カロンにも負けた。負け負けの人生。でもマサはノエルのこと好きって言ってくれた」
「……あんさんは特殊やろ」
「2人だって特殊」
「何がさ?」
「もうマサに愛されてる」
「「……」」
「この感情の前じゃ、どんなことだって二の次になる。ノエルは学んだ」
2人は目の前の小さな少女を、驚きと、関心と、そして少しばかりの嫉妬を含んだ目で見つめた。
同時にリビングのドアが開き、タイミングを見計らっていた紅がビニール袋を下げ入って来る。
「まったく、お前達はアイツのこととなるとすぐ弱気になるな?普段の図太さはどこへやら」
「……聞き捨てならんわぁ」
「何買って来たの?」
「酒だ。こういう時こそ飲め」
ガンッ、とテーブルに置かれた酒の束に、3人が呆れる。
「紅、いつもそれ」
「何だノエル、お前も飲むか?」
「ちょい、未成年に酒勧めへんでもらえる?」
「ノエル酒嫌い。まずい」
「ほぉ、東条は幼気な少女に飲酒させたことがある、と。メモメモ」
「ねえ!僕の彼氏にスキャンダル付けないでくれる⁉︎」
飛びかかる灰音を紅がひらりと躱す。
「お似合いじゃないか?ミススキャンダル」
「変なあだ名付けるな⁉︎」
やんややんやと騒ぐ2人。
そんな光景を見ながら紗命はクスクスと笑い、隣で酒を舐め顔を顰めているノエルに目をやる。
どこまでも合理的なのに、たまに感情の本質を突いてくる。
……こういう所なのかもしれない。
うちが大嫌いな筈のこの子に、少しだけ惹かれてしまうのは。
「ノエル?」
「ん?」
「だぁーいっきらい」
「何で⁉︎」
「ふふっ」
突然の宣言に驚くノエルを見て、紗命は楽しそうに微笑んだ。
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