デート
「灰音っ、アイス、アイス」
「お、良いねぇ!10段くらい積んじゃおうぜ〜!」
白いフリフリのワンピースを羽織ったノエルが、アラモアナショッピングセンターの中を走り回る。
そんな小さな天使を、黒いタンクトップショートインナーに白い長袖シースルーを重ね、ダボついた水色のストレッチパンツを合わせた灰音が追う。
へそ出しヒップホップ系ダンスファッションは、この常夏の島とよく合っている。
「ハワイのアイスってさぁ、1個デカくね?」
「お得感あってええやん?」
ミリタリーカーゴパンツにアロハシャツを羽織った東条が暑さにダラける横で、紗命が麦わら帽子を上げて笑う。
白いブラウスの胸元には、真紫の菊のブローチが。
鮮やかな黄色いロングスカートを揺らすその姿は、まるで夏の青空の下に咲くひまわり。
ちょっとした服装で、人の印象とはがらりと変わるものだ。
感動するアイスクリーム店員と写真を撮った後、4人はショッピングセンターの中央広場でアイスをガブガブペロペロチロチロする。
「良い天気だね〜」
「んな〜」
ベンチの背に片腕を回す灰音が、懐かしそうに天を仰ぐ。
「……桐将君、いつもアロハシャツ着てるよね?好きなの?」
「ん。裸かアロハ」
「んなことねぇよ」
別に気にしたことなかったが、そうなのか?東条はノエルに抗議の目を向けながらアイスを齧る。
「良いじゃんアロハシャツ、着るのも脱ぐのも楽だしよ」
「沖縄の時もずっとアロハだったし」
「ん。縛りプレイ」
「してねぇよ」
いちいち服考えるのが面倒なだけだ。
東条はノエルに抗議の目を向けながらコーンを齧る。
「あ、そう言えば覚えてる?沖縄で桐将君がふざけてさ、女性用のカーニバル衣装着て踊った時あったじゃん」
「ブフっ」「あ〜」
ノエルが思い出し吹き出す。
「あれヤバかったよね。鳥型モンスターに同族のメスだと思われて求愛されてさ?ククっ」
「全力で逃げてた」
「……結構なトラウマだぞあれ?」
嫌なことを思い出しげんなりする東条の横で、紗命がつまらなそうに頬を膨らます。
「……うちの知らへんことで盛り上がるのやめてくれる?」
「すまんすまん」
「あははっ。じゃあさ、黄戸菊は何かない?僕達の知らない話」
「……せやなぁ、」
紗命がブローチを撫で、少しだけ考える。
「……池袋のデパートに皆で住んどった頃な?1度水が止まって洗濯出来へんくなった時があったんよ」
「うんうん」
「それで桐将、寒いからって豚の着ぐるみ着てな?オークに求愛されとったわぁ」
「ブフっ」「アハハハハっ」
「……結構なトラウマだぞあれ?」
げんなりが加速する東条は、腹を抱えて転がる灰音をジト目で睨む。
「モテモテじゃんっ、桐将君っ」
「……大変だよなぁ良い男ってのは。何もしなくても女が寄ってくる」
「寄ってきてんの全部オスやろ」
「……」「ブフォっ」
「ぃひひっお腹痛いお腹痛い」
転がる灰音が、吹きすぎて咽せているノエルの背中をさする。
「ふふっノエルは?ノエルは何かない?」
「もうやめね?」
既にげんなりのピークに達している東条が優しく微笑む。
「ぇほっ。……んー、新大陸渡ってる時、マサ性欲溜まりすぎて人型モンスターに求愛してた」
「おまっ」「ップふっ」
「ダッは⁉︎する側になった!アハハっ」
後ろにぶっ倒れた灰音と肩を震わす紗命を見て、東条はプルプルと震える。
「し、しょうがねぇだろ!1年だぞ1年!こいつの前で解消するわけにもいかねぇしよぉっ。てか何で知ってんだお前⁉︎」
「見てた」
「隠してた意味⁉︎」
灰音が涙を拭きながら身体を起こす。
「ふふっそれで?そのモンスター君は応えてくれた?」
「する前に正気に戻ったわっ」
「……ねぇノエル、どんなモンスターやったん?」
「んとね、獣っぽくて、こうふわふわしてて、可愛かった。ケモナー?は好きそう」
「なるほど。桐将はケモナーやったんか……」
「ハワイってケモ耳売ってんのかな?買って帰る?」
「ねぇこれ何の罰ゲーム?何の罰ゲーム?」
魂の抜けた東条にノエルが人差し指を立てる。
「あと次の日草むらに隠れて解消してた」
「だから何で知ってんだお前⁉︎」
「見てた」
「隠してた意味ぃ⁉︎」
自分を笑う鬱陶しい日差しを振り払い、東条は紗命の溶けかけたカップアイスをぶん取り、ニヤけるノエルの顔面に螺旋丸した。
――海辺を走るタクシーの中、ぐったりとした東条が体育座りで窓の外を眺める。
「……なぁ、もう帰ろうぜ?なんか俺疲れたよ」
「なーに言ってんのさ!1日はまだ始まったばかりだぞ!」
「次はどこ行くん?」
「KCCファーマーズマーケット!」
「ノエルそこ行った」
「ワガママ言わない!てかノエルが抜け駆けするのが悪いんだろ!もうハワイにノエルの行ってないデートスポット無いんだって!」
「ふふん」
ドヤるノエルに、紗命の青筋がピキる。
「……なぁ黒百合、この蛇窓から捨ててええ?」
「いいよー」
「っマサ、ノエルに味方いない」
東条は助けを求めてくるノエルを死んだ目で見つめる。
「……今日貴様の味方はいないと思え」
「むー!」
「ぁうぁうぁうぁう」
東条の頭を掴みガンガンと振るノエルに、運転手は苦笑するのだった。
――「ポケって名前可愛いー」
「海鮮丼みたいなもん?」
魚介系出店の前で、灰音と紗命がカラフルな看板を見上げる。
「僕スパイシーにしよ、黄戸菊は?」
「……わさび醤油あるんか、ならこれ」
「オケー。this one and this one, please!」
「OK! ……A〜re you Kirimasa's girlfriends by any chance?」
「あ〜YES、あはは」
「Seriously!? Oh My Gosh! It's on the house!」
「Really!? Thanks Handsome old man!」
「HAHAHA(゚∀゚)!!」
無料にしてもらったポケを2つ持ち、2人は木陰に座る東条とノエルと合流する。
「ただま〜」
「おかりー」
「おう、何買ったん?」
「ポケや」
「なんそれ?おーうまそ」
「そっちはー?」
「アワビと、ロブスターロール」
「それアワビ?デカっ」
「アメリカって全部デケェよな」
「お得感あってええやん?」
「ノエルパイナップルジュース飲むー?」
「飲むっ」
――水着に着替え海でひと泳ぎした4人は、ネットを挟み2、2でビーチバレーコートに立つ。
「リベンジマッチだ。ブチのめしちゃおうノエル」
「おー」
灰音がボールを片手に不敵に笑い、ノエルが元気よく返事する。
「滑稽やわぁ。うちらに勝つ気やであの人ら?」
「身の程教えてやりますどすえ〜」
ケッケッケ、と悪い笑顔を浮かべる紗命と東条。
ボールを高く放った灰音がジャンプ、綺麗なフォームで弓なりにしなった身体が、
「――ッシ!」
瞬間くの字に曲がり、ボッッ!と凡そバレーで聞かない音を出しボールを発射した。
狙うは勿論。
「チッ」
真っ直ぐ顔面に飛んできた砲弾を、しかし紗命はバックステップと同時に腰を落とし、勢いを完全に消しレシーブ。
高く上げられたボールの先には、既に跳躍していた東条。
両拳を握り合わせ大きく振りかぶる彼は、ベストな位置にレシーブされたボールにニヤリと笑い、
「ホォアっ!」
文字通り殴り落とした。
傾斜角85度、最早直下の軌道で敵陣に落下するぐニャァアと変形したボールを、
「ッッんー!」
しかし滑り込んだノエルがギャルルルルッッと両手で受け止め、
「ノエル!」
「ッんりゃ!」
レシーブ。
飛び込んだ灰音がジャンプ、空中で足を引き絞り。……足?
「おりゃぁ!」
ボールを相手のゴールにシュゥゥトッ!落下途中の東条に向けて振り放った。
「――ぇ?ッゲッハッ⁉︎」
超エキサイティングした弾丸ボレーを顔面にモロに食らった東条が、きりもみしながら海へと落下してゆく。
まずは1ポイント。
ハイタッチする灰音とノエルに、ギャラリーが歓声と拍手を送った。
――1度ホテルに帰りお昼寝した後、軽くドレスアップしてディナーへ。
オーシャンフロントのメインダイニング、レストランアズーアで波の音を聞き、夜景と吹っ飛んだダイヤモンドヘッドを見ながら上品な料理の数々に舌鼓を打ち、談笑する。
帰り道。
紗命とノエルが繋いだ手をぶらぶらと揺らしながら、メインストリートの光の中をゆっくりと歩く。
「美味しかったなぁ」
「ん。紗命今度あの海老のやつ作って」
「ふふ、流石に厳しいなぁ。シーフードは黒百合の方が得意やさかい、頼んでみたらどや?」
「ん。灰音ー」
「ん〜?どしたーっ」
東条を最高級ジュエリーショップの指輪売り場へ押し込もうとしていた灰音が、ノエルを抱き止める。
「灰音今度あの海老のやつ作って」
「おーあれかー、美味しかったもんね。いいぞ〜」
「やた」
「ロブスターと、ソースは何かな?バジルと、レモンも混ざってたね」
「あとココナッツ」
「流石ノエルだ」
談笑しながら手を繋いで歩き出す灰音とノエルに、東条を最高級ジュエリーショップの指輪売り場へ引っ張り込もうとしていた紗命も歩き出す。
「明日はどうする?」
「せやなぁ。最近よう外出とったし、ゆっくりしてもええんちゃう?」
「賛成〜。ノエルは?」
「ん。ゆっくりする」
「よーし、じゃあ明日は目一杯ゆっくりするぞーっ」
「「おー」」
紗命と灰音に両手を持ち上げられジャンプしたノエルが、後ろを振り返る。
「マサは?それでい?」
「ッハァっ、ハァっ、っちょっと待てって‼︎俺にもタイミングってもんがな⁉︎あ⁉︎」
絢爛と輝くハワイの街明かりが、3人の笑顔を優しく照らしていた。
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