密約




 ――亜門はホノルルからプライベートジェットに乗り、アメリカの首都ワシントンへと飛び立った。


 多くの検問を通過し、ホワイトハウスの入口を潜った彼は、人払いされた1室のドアを開ける。


「Welcome, Admiral Amon」


「Thank you for the invitation. Mr.President」


 待っていたフレデリック大統領が立ち上がり、亜門と握手を交わす。


「ちょうど今貴国の総理と話していたところだ」


 フレデリックに指された機械の上、実体化した見美のホログラムが微笑む。


『改めて、お疲れ様です。亜門提督』


「有難うございます」


『疲れているところ申し訳ありませんね』


「問題ありません。生憎同行者が優秀でしたので」


 苦笑する見美に、フレデリックも爆笑する。


「間違いないわ。貴国の戦闘職者は皆ああなのか?見美よ」


『まさか?目の前の亜門を含め、彼らは我が国の中でもトップレベルの実力者達です。しかしそれ故、自我が恐ろしく強い』


「ああ、分かるぞ。今や個人と国家が取引できてしまう世界だ。国が下手に出なければならないなんて事は、本来あってはならない」


「……はぁ」『……はぁ』


 国を背負う者どうし、その苦労には共感出来てしまう。

 互いに吐く溜息に、互いに笑い合う。


「……英次郎は元気か?」


『父ですか、元気ですよ。鬱陶しいくらいです』


「ガハハっ、ならば何より。今度飲もうと伝えておいてくれ。今はオンライン飲み?とやらが流行っているらしいからな」


『……ふふっ、分かりました』


「ああ。……では、本題に入ろうか?」


 場を和ました後、フレデリックは自然に政務の顔を貼り付ける。


「待たせたな亜門殿。……座ったらどうだ?」


「お気になさらず。私は軍人です。名目は総理閣下の護衛です」


「……そうか」


 見美の後ろに立ち姿勢を正す彼に、フレデリックは少しだけ微笑み、それ以上何も言わなかった。


「まず初めに、……見美総理、貴女に1つ聞きたい」


『何でしょう?』


「貴女が今、最もと感じているモノは何だ?」


『……』


 少しの静寂の後、見美が口を開く。


『……間違いなく、『選帝者』でしょう』


「ふむ。……貴国は『大地』により甚大な被害を受け、加え使徒の襲撃を数度経験している。まず真っ先に名前を挙げるべきがノエルであり、『王』ではないのか?」


『そうですね。『王』は間違いなく脅威です。ですが質問の意図を考慮した場合、それは適切な回答ではありません』


「……ふむ」


『逆に聞きましょうフレデリック大統領。貴国にはステラという、現状唯一発見されている『選帝者』がいます。彼女の影響で貴国がどれ程変化したか、そしてその変化がこれからも続いてゆくことを、想像出来ない貴方ではないでしょう?』


「……フッ、耳が早い。だが我が国は彼女と良好な関係を築けている。

『選帝者』は人だ。人であるなら対話が出来る。対話が出来るなら手を取れる。そうは思わんか?」


『勿論。それが最善でしょう』


「しかし総理、貴女は『王』でもなく、『使徒』でもなく、『選帝者』を脅威であると答えた。人である彼女達をだ」


『はい』


「理由を聞いても?」




『人であるからですよ。大統領』




「……」


『人の欲望がどれだけ恐ろしいかなど、私達人類が1番分かっていることでしょう。加えこの世界に受肉した選帝の力は、あろうことか『大罪』です。持つ者が持てば、それは意志のある強大な悪意となります。知らぬうちに腹を食い破られる可能性すらある。

 私達国家の、延いては人類の繁栄は、欲望ではなく理性によるものです。

 私達が絶対に負けてはいけない存在だと認識しています』


「……うむ」


『しかし、勿論協力はするべきです。人は人、対話は理性の第一歩ですから。皮肉にも私は、それをノエルというモンスターから教わりました。

 共和、譲歩、管理、多角的な対策を視野に入れ、『選帝者』と関係を保ち、新たな生存戦略を立ててゆくことが、目下の、そしてこれからの国家が最重要視するべきことだと考えます』


「……ふむ」


 1つ息を吐いたフレデリックは、


「……流石だ」


 立ち上がり、心底嬉しそうに拍手した。


「見美総理、貴女の考えは殆ど私と一緒と言っていい。

 現状の最優先事項は『選帝者』の発見と保護、性質の見極めだ。

『王』や『使徒』に潰されたのならそれは最早自然災害。諦めもつこうよ。しかし1個人の欲に国の中枢が左右されるなど、あってはならない。絶対にだ」


『先はステラ殿を高く評価していたように見えましたが』


「勿論、彼女は我々の盟友であり、参謀であり、国民であり、そして同時に、紛れもない脅威だ。生み出される莫大な利益に目が眩み、その認識を忘れた瞬間、国は瓦解し、アメリカは終わるだろう」


『……なぜこのような質問を私に?』


「理由は3つある。

 1つ目は単純に見美総理、私が貴女を信頼しているから。

 2つ目が、この情報を知っているのが、現状我が国と貴国しかいないから。

 3つ目は言うなれば、認識の擦り合わせだ」


『認識の擦り合わせですか?』


「そうだ。この質問で少しでも私と違う意見を述べていた場合、私はこれから先の提案を貴女にすることはなかった」


『……提案とは?』



「これから『選帝者』が全員見つかるまでの間、私と見美総理、この2者間でやりとりした情報以外の全てを、信用しないで動いて欲しい」



『……なぜでしょう?』


「……今回のフェスは、現状電波の繋がる全ての国を招待した。

 世界状勢を知ると同時に、既に落ちた国が無いか炙り出すためだ。既にステラとも連携済みだ」


『大統領、そもそも貴方が信用に足る人物であるという証拠がありません』


「ガハハっ、それはもう信じてもらうしかな」


『加え私が嘘を吐く可能性も、既に日本が『選帝者』によって、傀儡となっている可能性もありますが』


「いやそれはない。分かる」


『なぜ?』


「私のはそういう能力だからだ」


 自分の瞳を指すフレデリックに、見美は目を細める。


「試しに聞こう。先程私は完全に人払いを頼んだが、今見美総理がいる部屋には何人人がいる?」


『誰もいません。私1人です』


「嘘だな」


『……』


 即答した彼に、見美は口を引き結ぶ。


「1人いるな?顔を見せろ」


『……ははは。こんにちは〜』


 彼女の後ろから顔を出した彦根に、亜門も驚いた。


「ではもう1つ聞く。その部屋に監視カメラはあるか?」


『あります』


「いや無いだろう?いや、無いのは嬉しいのだが、もうちょっと躊躇って嘘を吐いてくれ。怖くなってきたぞ」


『……』


 一切表情を変えない見美に、フレデリックも苦笑する。


『……。大統領、その部屋には今何人人がいますか?』


「私と亜門提督の2人だ」


『……本当の様ですね。嘘は吐いていないみたいです』


「ほぉ、何で分かった?」


『そういう能力なんで』


「嘘だな」


『……』


 自分の瞳を指した見美がジト目になる。


「総理の能力は鑑定、ステラより報告済みだ。見るまでもない。ガッハッハ」


『……亜門提督』


「部屋には私と大統領2人のみ。監視カメラ、盗聴器も無し。半径10m以内に生物はいません。防音のためそれ以上は、」


「そこまで分かるのか!」


『……十分です』


 1本取られ溜息を吐く彼女に、フレデリックはニヤニヤと笑う。


「これを誠意とは取ってくれないか?総理」


『……いいでしょう。そもそも私は、現状他国の人間を信用するつもりはありませんでしたから』


「よい。総理ならここまで明かした私すら疑ってくれる筈だ。だからこそ本音で話した」


『……そうですか』


「契約成立だな」


『はい。よろしくお願いします』


 立ち上がりホログラムの手で握手した見美は、困ったように微笑んだ。


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