42話




 翌日。

 朝日に目を擦る灰音は1人シーツを退け、東条の腕からモゾモゾと抜け出す。


「……ふぁ〜、……ぅう、ベタベタする」


 彼女がピョンピョンと跳ねた髪を掻きながら、シャワールームへと向かう途中、


「お、ノエルおは〜」


「ん。おは」


 同じく眠気まなこなノエルと鉢合わせた。

 近付こうとする灰音に、ノエルは鼻をひくつかせ少しだけ顔を顰める。


「……灰音、凄いにおい」


「ぇえ、嘘?」


「メスの臭い。発情したオスとメスと、色んな分泌物の臭い。くさ」


「何それエロ〜」


 自分の身体を嗅ぎ、でへへ〜と笑う灰音に、ノエルは呆れながらシャワールームに入る。昨晩は本当にうるさかったのだ。


 2人は身体を洗いっこしながら、眠気を流してゆく。


「てかノエル、こんな早起きだったっけ?」


「……あんまり眠れなかった」


「あぁ〜、ごめんね」


 恥ずかしそうに下を向く少女に、灰音は苦笑する。


「ノエルも本当は初心なんだねぇ。僕のこと好き勝手弄り回したくせに」


「あれは遊び」


「ひど。女心を何だと思っているんだ君は?」


「……オスとメスの行為は初めて見た。……何か、凄かった」


「ノエルにはまだ早いぞ〜。はい、目瞑って」


「ん〜」


 ノエルは髪を洗われながら、昨晩の光景を忘れようとハンバーガーのことを考えるのであった。




「黄戸菊ケチャップ取ってー、サンキュー。、桐将君もいる?」


「サンキュ。、ノエル」


「ん」


「ちょいノエル、かけすぎちゃう?」


「こっちの方がうま」


「まぁええけど。……ほら口の周りついとるで。こっち向き」


「ん〜」


 部屋まで届けてもらった朝食をバルコニーで食べながら、4人は雑談に花を咲かせる。

 ノエルの口をやれやれと拭く紗命を見ながら、東条はフォークでサラダを刺した。


「そういやお前ら、日本からここまで1ヶ月程度で来たよな?早すぎない?」


「ん〜、まぁ一直線で走って来たし、」


「目的地の場所分かっとったしなぁ」


「そんなもんか。……俺ら1年以上かかったのにな?」


「いっぱい寄り道した」


 ノエルがプチトマトを東条の皿に移しながら答える。


「確かになぁ。別に急いでなかったし、進む先枝倒して決めてたもん」


「あははっ、よくここ着いたね」


「最終的な目的地は決めてたからな。ノエルが座標と方角覚えてたから、あんま迷いもしなかったな」


「へぇー」


「でも、正直賭けだった。世界中に出現した大陸の大きさと場所が分からなかったから、緯度と経度のズレが予想出来ない」


「……運良く日本とハワイの位置関係が変わってなくて、運良く日本とハワイの間に出現した大陸がそれ程大きくなかったから。って何それ、何も確証ないじゃん!」


「すまんて」


「どんだけ僕達待たせるつもりだったのさ⁉︎」


「いやすまんて」


 小さくなる東条に灰音が詰め寄る横で、紗命は自分の皿にこっそり移されたレタスをノエルに返してゆく。


「今回の測量で分かったんやんけど、日本からハワイのまでの距離は約4000㎞やった。変化前の距離は6000㎞。逆に近づいとるんよ、日本とアメリカは」


「え⁉︎」「マジで?」「やっぱり」


「……え?て、黒百合あんたほんま何してたん?」


「は、はぁ?君んとこより僕達の方がサンプル数は多かったけどね!」


「殆ど朧はんの功績やろ。あんさんの取ったサンプルは損傷が酷いって話題やで」


「知るかそんなこと。文句言うなら全部捨てちゃえば良いよ」


「暴論やん。……まぁその通りやけどな」


 どれだけ元の国力に差があろうと、今の日本にはそれだけ強気に出れる軍事力がある。

 それが『大地』の所為で強制的に齎されたものだとしても、今の日本が世界屈指の実力を手に入れたことは紛れもない事実なのだ。


 力があれば情報収集速度も限りなく早くなる。

 それだけ他国に優位に出れる。

 即ち軍事力とは情報だ。

 加え変わらず情報とは力だ。


 そしてアメリカの持つ情報は、世界を揺るがす程の、絶対に軽々しく広めたりしてはいけない禁忌そのもの。

 口の軽すぎる老龍の所為で日本に1部が公開されたが、それも言ってしまえば禁忌のたかが一端でしかない。


 アメリカは情報の優位を。

 日本は力の優位を。

 しかしその優位が、いつ他国と逆転するかも分からない。


 好き勝手に行動する『王』。

 未だ秘密の多い『選帝者』。

 世界を監視する『調停者』。


 この世界には謎が多すぎる。


 この他国を集めたグランドフェスティバルは、その優位性の証明の場。策略の1つでしかない。


 国どうしの権力争いは、既に始まっているのだ。


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