幕間



 ――カリフォルニア。

 グランドフェスティバル運営本部周辺、とある会員制高級ラウンジ。


 暖色の間接照明が、金と赤の調度品で揃えられた室内を淡く照らし、エレガントな空間を作り出している。


 ……優雅なクラシック音楽が流れる中、バーテンダーの振るシェーカーが一定のリズムを刻む。


 そんな中、重厚な両開きの扉が開き、黒服と共にスーツ姿のステラ、アルバ、謎の少女、後に続きガレオンとその息子、最後に1人の男性が現れた。


「He〜y!」


 元から1人ラウンジにいた男が、両脇に美女を侍らせながらサングラスを上げる。


 黒い短髪に、青い瞳。

 その目元は獣の様に獰猛で、口元に浮かぶ不敵な笑みのせいで溢れ出る傲岸不遜さを隠せていない。

 日に焼けた大柄な身体が白いスーツに実に映え、半身に彫られたイカついタトゥーが近寄り難いオーラを放っている。


 男は嬉しそうに立ち上がり、両手を開きながらステラ達を迎える。


「我らが代表がおいでなすったぞ?」


「すまねぇなベルナルム。会議が長引いた」


「あら」


 ベルナルムと呼ばれた男の抱擁を無視したステラが、ソファに座り足を組んでドリンクを頼む。


 トテトテと走りその隣にヨイショと座る謎のロリっ子と一緒に見れば、瓜二つの容姿と背丈も相まって仲の良い姉妹にも見える。


 頬を掻くベルナルムは、そんな彼女に相変わらずだと苦笑する。


「つれねぇなぁ、まいいや。アルバさんもお久しぶりです。元気してました?」


「カッカッカ、儂をそこらの老人と一緒にするでないわ」


「ガッハッハ、そりゃそうか!」


 互いに握手した後、ベルナルムはソファに座るガレオンの横にドカッ、と座り、その大柄な肩に腕を回す。


「よぉガレオン!また少し老けたんじゃねぇか?」


「……」


「おいおい無視は酷ぇだろ?

 そうだ、今度お前んとこの娘誰か紹介してくれよ?1人くらい良いだろ?」


「……」


「んな怒んなって、冗談だよ」


 ギロリと睨まれたベルナルムはガレオンから肩を外し、わざとらしく万歳する。

 そこに恐れなど一切なく。


「あいっ変わらず会話のつまらねぇ爺さんだぜ。……なぁ金魚の糞?」


「下衆が、話しかけるな」


 黒い肌に黄色い瞳。

 ベリーショートに整えられた髪と鍛えられた身体。

 黒人特有のハンサムな顔立ちに少々の苛立ちを乗せ、ガレオンの息子はグラスに口を付ける。


「……あ?」


 自分と目を合わせようともしない彼に、ベルナルムの眉間に皺が寄る。


「誰に口聞いてんだお前?」


「テメェだよカス野郎」


「………クヒっ、ヒヒヒっ、親父の前だからってカッコつけてぇのは分かるけどよ、やめとけ。滑稽だぞ?」


「……」


 漏れ出す魔力にシャンデリアが明滅し、ガレオンのグラスに罅が入る。


 グラスを置き立ち上がったガレオンの息子と、嘲笑を浮かべたまま座るベルナルムを、


「やめろバカ共が!」


 そこでイラついたステラが怒鳴りつけた。


「俺の前でくだらねぇ喧嘩するんじゃねぇ」


 キレるステラを、ベルナルムがつまらなそうに見る。


「だってよステラぁ、この雑魚が身の程を弁えねぇんだよ。てか何でこのメンツの中にこんな雑魚がいんだよ?呼ぶ奴間違えてねぇか?あとあれ誰だよ」


「……やめろサム」


「っ、親父……チッ」


 父に嗜められ大人しく座ったガレオンの息子、サムを、ベルナルムは鼻で笑う。


 そんな彼にステラは溜息を吐く。


「黙れベルナルム。あと彼はメキシコからの特使だ」


「はぁ?メキシコ?」


「俺が頼んでカリフォルニア代表の1人として出てもらうことになった」


「はぁ⁉︎」


 驚くベルナルムに、静観していた男性が立ち上がる。


 緩くウェ〜ブのかかった茶髪に、赤い瞳。

 キッチリとしたブラックスーツに身を包んだダンディなイケおじが、恭しく頭を下げた。


「初めまして、ベルナルム殿。お噂は予々かねがねわたくしChamaelカマエル Balcazarバルカサールと申します」


「ん〜、……チッ、まぁ良いか」


 ベルナルムも渋々握手に応える。


「カマエルお前、なかなか良いな。ベースは?」


「守秘義務があります故」


「クック、そりゃそうか。まぁ飲めや」


「有難うございます」


「うちの祭りに他国が出しゃばんのは気にくわねぇが、もう他の州じゃ普通になってるしな。まぁ仲良くやろうぜ?今のところアレよりは見込みありだ」


 無視するサムをベルナルムが顎で指す。


 ひと段落ついたところで、ステラが菓子でグラスを叩いて注目を集める。


「じゃ本題に入るぞ〜」


「はーい」


 金髪ショート碧眼の少女が元気よく返事する。

 ステラと全く同じ顔形だというのに、その柔らかな笑みと快活な表情がとっつきやすさをダンチにさせている。この場唯一の癒しである。可愛い。


「まずここカリフォルニア州から選出するメンツが出揃った。一応発表してくぞ」


「はーい」


「まずγガンマ


「はーい!」


 楽しそうに手を上げる少女の頭をステラが撫でる。

 顔を綻ばせ、嬉しそうに横に揺れるガンマ。可愛い。


「次にSamサム Evansエヴァンス


「はい」


「期待してるぞ?」


「……はい、有難うございますボス」


 苦笑するサムの膝に、ガンマが飛び乗り笑う。


「頑張ろうねサム!」


「おう!あ、こらガンマそれお酒だから。この中から選びな」


 一緒にメニューを見る子供2人に、ガレオンも頬を緩める。


「それから、カマエル バルカサール」


「はい」


「今回の祭り、少々波乱があってな。急遽お前に助っ人を依頼した。依頼したが、まぁ言っても祭りだ。楽しめ」


「はい。ご厚意感謝します」


「んで最後に、Bernalmベルナルム Batraバトラ


「お〜う。……ガキが」


 ベー、と舌を出すガンマに、ベルナルムは舌打ちする。


「ベルナルム、お前自身分かっていると思うが、お前は現アメリカ最強のハンターだ。他のGSと比べても頭1つ抜けている」


「んだよステラ、そんなに褒めんなよ?」


「だからこそ、負けることは許されないぞ」


 ベルナルムの目がピク、と細まる。


「おいおいステラ、あんまたいそうなこと言うもんじゃねぇよ。…………殺すぞ?」


 一直線で向けられた凄まじい殺気に、ステラは一瞬口を引き結ぶ。


 同時にガレオンとサムが立ち上がり、殺気を打ち消した。


「……ベルナルム、それ以上はやめろ」


「へいへ〜い」


 ガレオンの威圧に、彼も殺気を引っ込める。


「……、お前らにも言ったが、ハワイ州のアメリカ人ハンターは、先の戦いを見て全員棄権した。加えハワイ州は日本人新規2人をハンターにして予選にねじ込んできた。

 よって本戦に出てくるのは4人とも日本人だ」


「ケッ、誇りはねぇのか誇りは?んな州国から外そうぜ?」


「お前も見たろ。流石にあのレベルに対抗出来るハンターはハワイにはいない。オリビアが敗れた時点で、全員戦意喪失だ」


「……オリビアがなぁ、アイツには結構期待してたんだがなぁ」


 ベルナルムは残念そうにグラスを呷る。


「ハワイとは確実にぶつかると考えておけ。これは実質日本を潰す戦いだ。面白ぇ展開だが、これ以上醜態を晒すわけにはいかねぇ」


「ごもっともで」


「本戦は1ヶ月後、各々準備しておけ。それだけだ。解散」


 さっさと去ろうとするステラを、しかしそこでベルナルムが呼び止める。


「あそうだステラ、」


「なんだ?」


「……見るなよ?つまらなくなる」


 自身の目を指し笑う彼に、ステラも笑い答える。


「心配するな。俺も試合を『見る』つもりはねぇ。楽しみたいからな」


「なら良い」


 扉から出て行く面々になど目もくれず、ベルナルムはカマエルにタブレットを見せる。


「どうだ?お前は誰と戦りたい?」


「私ですか?そうですね……、彼女が少々気になります」


「はぁ?幼児趣味かよ⁉︎」


「え⁉︎違いますよやめてください!」


 ノエルを指したカマエルがブンブンと手と首を振る。


「ガッハッハ、冗談だ。このガキも中々良いが、やっぱり、コイツだろ」


 彼は再生バーを弄り、女2人を抱きしめる東条を指差す。


「大胆な方ですよねぇ」


「マジで、こんな面白ぇ奴初めて見た。爆笑したわ見た時」


 ベルナルムは画面を操作し、東条と葵獅が笑いながら殴り合っているシーンで止める。


「……こういう奴らこの国にはいねぇからなぁ、……楽しみだ」


 まるでクリスマス前に家に届くトイザラスのカタログを見る様に、ベルナルムはタブレットを眺めるのだった。

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