20話

……彼らの前に立つのは、小さなか弱い少女。愛くるしく、儚く、そして美しい少女。


「……じゃ、始める」


縦に割れた紫瞳に、新大陸の猛者達は唾を飲んだ。




――START


ノエルは前方に迫る爆炎と、背後から跳び出すディギンを遅々として知覚しながら思考し、組み立てる。

中衛の虫は防御兼強襲。犬は足。サソリは護衛?オリビアは司令塔。

そして最後衛の花は……。


「お前か」


瞬間『阿修羅』を纏ったノエルの姿が掻き消え、遅れて地面が抉れ飛ぶ。


「「「――っ!」」」「ギュエ⁉︎」


――0・5秒


ノエルは残像を食ったディギンの腹下から、地面を破り数本の大樹を射出。衝突し火花を散らすも貫通はせず。

即座に枝分かれさせ銀色の巨体を締め上げ、自分に向けて放たれた爆炎で火炙りにする。


――0・6秒


3足で懐まで接近したノエルは、ケルベロスの目が自分を追ってくるのに少し驚きつつ、急ブレーキ、大地を撫でる。


ルージュが翼を開き、

オリビアが再びフロルの手を取り、

ケルベロスが足に力を入れ


た瞬間大地が変容、広範囲が剣山と化す。


――0・7秒


ノエルは片手を地面に着け前傾に。飛び上がり首をたわませるルージュ、無視。拘束を解き地面に潜るディギン、無視。

狙うは一点。


――0・8秒


跳躍したケルベロスはしかし、刹那で眼前に現れたノエルに目を剥き牙を剥く、


直前ノエルが頭上に3本の樹槍を創造、


ケルベロスの瞳が極限の集中力に充血。高速で打ち出された1本を右頭が躱し、もう1本を左頭が噛み砕き、最後の1本を真ん中の頭が躱した


瞬間ノエルは躱された槍を蹴り上げ両顎を串刺しに、空中で身体を捻り、真ん中の頭部を殴り落とし地面に縫い付ける。


――0・9秒


「――ッグルァア‼︎『逃げろオリビア‼︎』」「――ッガウァア‼︎『逃げてフロル‼︎』」

「――ごめんケルっ」「っ」



「『芽骨がこつ・』」



オリビアとフロルがケルベロスから飛び降り、

ルージュがブレスを放射、

ディギンが土から這い出しケルベロスに覆いかぶさる。



……ノエルは目の前を埋め尽くす業火を見ながら、背中から地面に倒れてゆく。



――1秒




「『自縛纒血じばくてんけつ』」




刹那、山頂を爆炎が埋め尽くした。





「っケルちゃん‼︎」


「キシュシュシュ……」


火の手が回っていない場所に着地したオリビア達は、ディギンによって運ばれてくるケルちゃんを見て絶句する。


肉を貫き、骨に絡み、全身の動きの一切を封じる赤黒い木の根。

あの樹槍に貫かれたが最後、自身の血液を養分として永遠に稼働する血の牢獄。

その悍ましさと躊躇いの無さに、オリビアはノエルという存在を垣間見た。


「「「「「――っ」」」」」


炎の中、揺らめく蛇影に一斉に視線が向く。



「……手加減出来た。マサに褒めてもらお」


地面から這い出て人型に戻った彼女が、炎の中で嬉しそうに笑っていた。

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