19話 Monster


 軽くジャンプして爆炎を躱したノエル。眼下を通過する熱波に髪を吹き上げられながら、彼女は即座に空中に木片の足場を創造。


 直後足場を爆炎が呑み込んだ。


『……ふむ、』


 ルージュは炎を噛み口を閉じる。その金眼が向く先には、余裕で躱しスタ、と着地して観客席を走るノエルの姿。

「この程度では彼女を捉えることすら出来ないか、」そう判断したルージュは、前脚を地面に着け翼を広げた。


 ノエルはトテトテ走りながら、いつもと変わらない眠そうな目で状況を観察、分析する。

 敵の数、6。モンスターは全部新大陸産、Lv6から7。前衛ドラゴン、中衛虫、後衛――瞬間ノエルの視界に影が差す。


 地面を抉り跳び出したルージュの龍爪が、ノエルの立っていた場所をゴッソリと溶解させた。


『ふむ、これも躱すか』


 空気を沸騰させ振り抜かれる龍爪を、右に左にピョンピョンピョン。

 ルージュの発する超高熱に耐え切れず溶解し、原型を崩してゆく観客席の中を、ノエルは華麗に跳び回る。


『流石だ。……王よ、私の炎は貴様にとって脅威か?』


 赤熱した尻尾が山頂の一角を溶かし吹き飛ばす。


「ん」


「……そうか」


 瓦礫に着地したノエルの軽い返答に、しかしルージュはどこか嬉しそうに口角を上げる。


 龍という生物は、生まれた瞬間から生態系の覇者だ。自分以上の強者に出会うことの方が少ない。

 だから龍はあまり強さに執着しない。他の事に楽しさや生き甲斐を見出すのだ。


 ルージュはこの状況に、自分の知らない感情を感じ始めていた。

 ルージュにとって、初めてのチャンスだった。

 自分の力を測るための、またとない。


 瞬間ノエルが地面に手を着き、樹木を捻り合わせた巨大な盾を創り出す。

 それはノエル自身が、これから来る攻撃を躱せないと判断した証拠に他ならなかった。


 ルージュの黒角が紅く発光、



 刹那――ヒィィィイイインッ……



 ツノの間で揺らめいていた何かが打ち出されると同時に、空気中に半透明の線が走る。


 ノエルの盾をまるで豆腐の様に貫通したソレは、

 山の1部を縦に割り、

 更に海を縦に割る。


 ……一拍、


「……ブフシュウゥゥゥ」


 ルージュが大量の煙を吐き出した直後、線の走った軌跡が大爆発、盛大な瓦礫と水飛沫を打ち上げた。



 乱れる映像と、遠方で打ち上がる馬鹿げた高さの水煙。

 ハラハラと観戦していた国民の誰もが思った。


 ……やっちまった、と。


 驚愕と悲嘆に、若者の手からホットドッグが滑り、地面に落ち、る――



「――ディギンッ‼︎」『ッ跳べケル‼︎』


 瞬間オリビアが叫びフロルの手を取る。

 同時にケルベロスがその場から跳躍。


 直後彼女達の真下の土を吹き飛ばし、白い大蛇が跳び出した。


 ……陽光と炎を反射し、神々しく輝く純白の鱗。

 呑み込まれてしまう程に深い紫の瞳。

 誰もが見惚れたその一瞬、白蛇はくるりと回り人型へと姿を変える。


 握り引き絞られた樹木の槍に、オリビアの冷や汗が飛ぶ。


「――ほっ」


 ノエルが槍を投擲


 した瞬間割り込んだディギンの鋼の鱗と槍が衝突、甲高い金属音と火花を散らし槍がへし折れた。


「キシュァアッァ⁉︎」


 ノエルは空中で身体を捻り、大口を開け突っ込んできたディギンに回し蹴りを食らわせる。


「……かた」


 顔を顰め着地したノエルは、逆に肌を裂かれ血の滲んだ脛を治癒。


「……」


 ケルベロスが着地、オリビアがフロルを下ろす。


「キギャ⁉」「ぬお⁉︎」


 吹っ飛んだディギンが、マグマ化した観客席でポップコーンを食べていた東条に衝突、そのまま地面に潜ってゆく。


「……フシュゥルルルッ!」


 ルージュが立ち上がり火の粉を吐く。




 ……彼らの前に立つのは、小さなか弱い少女。

 愛くるしく、儚く、そして美しい少女。



「……じゃ、始める」



 縦に割れた紫瞳に、新大陸の猛者達は唾を飲んだ。


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