第24話
ガラガラとガラスの破片が落ち、吹っ飛んだ看板が乾いた音を立てる。
風通しの良くなった店内。オーナーもお姉さんも、あんぐりと口を開けたまま硬直してしまっていた。
「え、おま、え……店、」
「ドンマイ」
今度は違う意味で瞳を潤ませるオーナーの背中を、ノエルがサスサス。
東条は彼女を抱き寄せたまま、そっと涙の跡を拭い、ニヤリと笑った。
「美女の敵は人類の敵ってな」
「っ、……(トゥンク)」
何を言ったのかは分からない。それでも、あれ、この人、……こんなにカッコよかったっけ?
頬を染め驚くお姉さんは、その場にへたり込んでしまった。
東条がガラスを踏みながら外に出ると、起き上がった3人が鼻血を拭い怒りに顔を歪めていた。
「殺すっ、殺す!」
「あの瞳、獣化系統だよね?『
「……何でもいい」
3人の身体がザワザワと大きくなる。爪が剥き出し、牙が生え、ツノが生え、蹄が生え、鎌が生え……
そんな3人の変化を、東条は「お〜」とエプロンのポケットに手を突っ込みながら眺める。
リーダーっぽい男が猫科の何か?あれは、牛か?バッファローっぽいな。んであっちの細いのが、
「ぅお!カマキリ⁉︎」
鎌になった腕、棘の生えた脚、大きな複眼。見たことのない人外化に東条も興奮する。
「『
「インセクターって言うのか!キモいな!俺虫嫌いなんだよ」
「ハッハッ、きっと褒めてくれてるんだろうけど、君は俺達を怒らせたからね。ちょっと許せないかな」
「あ、でもカブトムシとかは好きだぞ!え、じゃあカマキリがいるならアリもいたりするのか?同じ大きさにしたら1番強いとか言うし、ほら、テラフォーマーズみたい――」
「黙れ」
「――おっと」
跳躍し一瞬で距離を詰めてきた猫の一撃を、東条は上半身を逸らして躱す。
「よく躱したな、だがこれならッ」
風を切り裂き振り抜かれる鋭利な爪、をバックステップで躱し、強靭な足での蹴り、をしゃがんで躱し、目を潰さんとしなる尻尾、を潜って躱す。
「……ん?」
何か違和感を覚える東条は、しかしそのまま突っ込んできた牛のツノをヒョイ、とジャンプして躱し、
そこを狙って振り抜かれたカマキリの鎌に足の裏を合わせ、後ろに跳んで勢いを相殺。
着地と同時に再度突っ込んできた牛のツノを片足で止める。
「……んん?」
膨れ上がる疑問。
「……んー」
「チィッ!」「何だコイツッ、攻撃が当たらねぇ⁉︎」「ナメやがって‼︎」
四方八方からの連撃をヒョイヒョイと躱しまくる東条は、瞬間、
……棒立ちになった。
この隙を見逃す3人ではない。
「スタミナ切れか⁉︎雑魚がよぉ‼︎――ッオルァッ‼︎」
ガラ空きの背中に向かって、猫が渾身の爪を振り下ろす。直撃。吹っ飛んだ東条
「――ッ死ねヤァ‼︎」
の腹に牛の全力蹄パンチが炸裂。腰をくの字に曲げ打ち上がった東条、
「ま、自業自得だよねッ」
の首に跳躍していたカマキリの鎌が一閃。ビーチに向けて叩き落とした。
例えハンターだとしても許されない、私情での一方的な殺害。
即死級の連撃に居合わせたギャラリーから悲鳴が上がり、お姉さんは顔を真っ青にして口を押さえ、オーナーは唖然として、ノエルはあくびをする。
濛々と昇る砂煙を見ながら笑う3人。
「あ〜殺っちゃったね」
「また騒がれるな。めんどくせぇ」
「あいつが先に俺らに喧嘩売ってきたんだ。正当防衛ってやつだろ?」
「ギャハハ、間違いねぇ!」
人を殺して尚、微塵も反省を見せないそのクズっぷりに、お姉さんは拳を握り、唇を噛み締める。
……それでも何も出来ない自分に、心底ムカついて、悔しくて。地面を映し涙をポロポロと落とす瞳を、
……しかし次の瞬間、周囲のザワめきが持ち上げた。
「……ぁ?」「どういうことだよ……」「……」
そのあり得ない光景に、3人も目を見開く。
止んだ砂煙の中心で、ムクリと起きる東条。
首をさすり立ち上がる彼の身体には、エプロンに空いた穴以外一切の外傷が見えなかった。
そして開口一番、
「…………嘘でしょ?」
驚きと、それを超える呆れの感情を3人に向けて放った。
静まり返るサンセットビーチ、東条は腰に手を当て落胆する。
「はぁぁ〜、おいノエル!コイツらアメリカ基準でどんくらい強いんだ⁉︎」
ノエルが顎の外れているオーナーの肩を叩く。
「あれら、アメリカだとどれくらい強い?」
「アガっ。グレードのことか?奴らのグレードは1だぞ。トップチームの1つだっ。その攻撃を」
「1番上は?」
「S,Specialだ。でもSpecialなんて数人しかいねぇ!おいアイツ何者だ⁉︎」
「日本で言う1級だってー」
「はぁああ⁉︎」
「「「――っ⁉︎」」」
驚愕する東条は3人を指差し口をパクパクする。
「おま、お前らが朧とか紅さんと一緒⁉︎冗談はその生き様だけにしろよ⁉︎アメリカ大丈夫かよ⁉︎よく滅んでねぇな⁉︎え、てかお前らこの程度のレベルでイキってたの⁉︎女の子ナンパしてたの⁉︎恥ッッずかしッ⁉︎」
捲し立てる東条にポカン、としていた3人だが、向けられた人差し指と後ろでゲラゲラ笑っている幼女を見れば、その内容に凡その予想はつく。
あれは今、自分達を貶しているのだろう。
「――ッ殺すッ‼︎」
ブチ切れたバッファローが砂を蹴り猛ダッシュ。ダンプカーの如き破壊力を持った突進は
「そりゃお姉さんだって断るよ⁉︎嫌だよこ「――ッッッグギャ⁉︎⁉︎」んなイキリヤンキー⁉︎世界で1番醜い生き物じゃん⁉︎ほら醜い!……いや面白いか」
は東条によってノールックで殴り落とされ、エグい音をさせながら軌道を直角に曲げビーチに突き刺さる。
へし折れ吹っ飛んだ大きな2本のツノが、ボト、と遅れてビーチに刺さった。
「「……は?」」
あまりにも早すぎる決着に、残る2人もギャラリーと同じ反応をしてしまう。
「沖縄のミノの方がまだ強かったぞ?つっまんねぇ戦い方だな?……あれ、生きてる?おーい」
「「――ッ」」
瞬間地を蹴った2人。
東条は猫の爪を首を傾けて躱す、
と同時に振り抜かれた鎌を掴む。少しだけ身体を捻り、
「ゴォぇ⁉︎――」
猫の脇腹を蹴り飛ばした。
きりもみしながら宙を舞う猫は、数回水上を跳ねた後盛大に水飛沫を上げる。
「――ッ離せクソが⁉」
カマキリの振り上げたもう片方の鎌を、東条はよそ見しながら掴み、
「首すら斬れない鎌なんざ、」
「な、何をっ」
「……いらねぇよな?」
両方同時にもぎ千切った。
「ぎゃああアアアアアアアア⁉︎⁉︎ボォえッ⁉︎」
両腕から血を噴き出すカマキリの首にラリアットを叩き込み、色々と壊れる音を聞きながら吹っ飛ばす。
ビーチを抉りながらスライドしたカマキリは、小さな丘を作り止まった後、ピクリとも動かなくなった。
ザバザバと岸に上がってきた猫は、その惨状に絶句する。
既にビーチ周辺は阿鼻叫喚に包まれており、警察も集まりつつある。
しかしその恐怖の対象は自分達ではなく、ヤベェヤベェと笑っている1人の男である。
猫の感情が恐怖に染まる。
新大陸にも入ったことがあった。モンスターも強かったが戦えた。自分達は選ばれた存在だと確信した。
なのに、それなのにっ、
何なんだよ、何なんだよあの生き物は⁉︎
見たことがない。会ったことがない。暴力は、自分の特権だと思っていた。
……3人組のリーダーであった彼は、この日初めて、自分達が食い物にしてきた弱者の気持ちを知った。
「っ、っ、」
「おいおい逃げんのはないだろ?」
「ヒィ⁉︎」
全力で砂を蹴ろうとした猫は、直後肩を組まれ身体を硬直させる。
東条はもぎ取った鎌の1本を逆の肩に担ぎながら、溜息を吐く。
「別にな?お前らがどこでどんな悪いことしてようが、正直どーーでも良いんだわ。俺の前に出てこない限りは、な。
それなのにお前らは、俺の前でクソみたいなことしやがって。せっかく気分よかったのによ、ったく。
恨むなら自分の不運を恨んでくれよ?」
「フゥッ、フゥッ、フウッ……――シャギャア⁉︎⁉︎」
「んだよ、よく斬れるじゃん。……ちょっと可哀想なことしたな」
東条は殴りかかってきた猫の尻尾を斬り飛ばし、警官によって止血されているカマキリ男に心の中で謝る。
「ッすまなかった、もうしない、もうしないから許してくれッ!」
「いやsorryて、謝るなら俺じゃないでしょ。あと謝っても逃さねぇよ?手負いのモンスターは逃すと厄介なんだ」
猫、牛、カマキリの眉間に漆黒の球体が出現する。
「ヒィッ⁉︎」
「「「「freeze!!」」」」
警戒していた警官達が銃を抜き構えるも、東条は一瞥しただけで気にも留めない。
しかしそんな彼を、
「マサ」
ペタペタと歩いてきたノエルが静止させた。
「殺しちゃダメ。面倒なことになる」
「……うぃ〜」
漆黒が消える。
東条は鎌を捨て、手をヒラヒラと上げ投降の意を示す。
すぐに警察達が近寄り、東条に手錠をかけた。
「見ろノエル、マジもんの手錠だぜ?映画で見るやつだ」
「……Hey,ノエルにもそれ付けて。ん」
「W,What?」
両手を差し出すノエルに、困惑する警察官。
東条はノエルと一緒に連行されながら、泣きながら警官に抱きついている猫をチラ見する。
「……なぁノエル、アイツらどうせまた同じことやるぞ?お姉さんが可哀想だ」
「マサ自分が呑まれてること忘れないで。今度はノエルがストッパーになる。そう約束した筈」
「はぁい」
「……あ、別の意味で殺すのは、あり」
「?……おお!良いなそれ」
ニヤリと笑い合う2人。
出現する3つの漆黒。その場所は、
……3人の股間。
夕焼けに染まる絶叫を背に、2人は笑顔でパトカーに乗った。
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