第21話
流石常夏の島。水着で歩いている人も多く、2人の格好がそれ程目立つことはなかった。靴を履いていないのは2人だけだったが。
葉っぱ3枚をワンピース風に変えたノエルは、日本とは全然違う街並みに目を輝かせ、キョロキョロしながらメインストリートを進む。
東条もすぐどこかに行こうとするノエルの手を握りながら、周囲の景観と喧騒を楽しんでいた。
「ほんとに街なかにトレント生えてねぇんだな」
「ん。あれは新大陸原産。日本にはノエルがいたから来た」
「多すぎたらダルいけど、あいつ結構便利だよな。勝手にゴミ掃除して街綺麗にしてくれるし」
殺された人間やモンスターの死体が勝手に片付くってのは、衛生的にもかなりお得な機能だろう。人口が多い国程、最初に困るのはそこだろうし。
「ん。ノエルのおかげ。日本はノエルに感謝するべき」
「お前俺らが何でここまで逃げてきたか分かってる?ねぇ?分かってる?」
「しぁーない」
「あーそういうこと言うんだ?帰っちゃお、俺1人で日本に帰っちゃお」
「ハンバーガー食べたらね」
「止めてくれよ」
東条はコアラの様に足に張り付くノエルをそのまま、通行人に微笑まれながら歩いてゆく。
それから少し進むと、目印のカラフルな看板が目に入った。
扉を押し、賑やかな店内に入る。
「……?」
東条と店員のお姉さんの目が合う。一瞬お姉さんが自分のオッドアイを見て止まった気がしたが、……気のせいか。
「……Aloha,How many?」
「two」
「Feel free to sit anywhere」
「……何て?」
「好きなとこ座れって」
東条はノエルについて行き、窓際の席に座りメニューを開く。
「もう全部お前がやってくれよ」
「ダメ。英語はこれからも使う。ちゃんと勉強して」
「……あの暇だった頃の俺をぶっ飛ばしてぇ」
東条は大学に行っていた頃の自分を想像して頭を抱えたくなる。なぜあの時やっておかなかったのか。後悔先に立たずとはこのことか。
「どれも美味そうだな、どれにする?」
「ノエルこれ、とこれ、とこれとこれとこれとこれとこれ」
「あーうん、自分で頼め」
東条は定員のクール系お姉さんを呼び、料理を注文する。
ノエルの注文の多さに一瞬眉間に皺の寄った彼女だったが、東条のガタイを見て去って行った。沢山食べると思われたのだろう。
「勉強か〜やだわー」
「戦闘の分析と同じ。マサいつもやってる」
「全然チゲぇよ。あれは面白いもん。これはつまんないもん」
彼はトントンとメニューの英語を叩く。
「……これはノエルの持論だけど、魔力を上手く扱える生物程、記憶力も向上してると思う」
「え?」
「身体強化は細胞を活性化させる。それは脳細胞も例外じゃない。戦闘中に高速思考が可能なのもそこに由来してる」
「え、じゃあ身体強化発動しながら勉強したら何でも覚えられんの?」
「そんな単純じゃないけど、まぁそう」
「マジか、やる気出てきた」
適当な雑談をしていると、注文した料理が続々と届き始める。
サイドメニューのロコモコ、唐揚げ、バケツポテトフライ、ガーリックシュリンプ、様々な種類のハンバーガー。
そしてメインは、分厚いパテを7枚重ね、その間に1枚ずつトロットロのチーズとベーコンを挟み、瑞々しいトマトとレタスとタマネギをトッピングした、まさしくバカが考えたハンバーガー。勿論良い意味でだ。
その名もメガビッグクレイジーモンスターバーガー。ハワイが誇る、モンスターの名を冠する特大バーガーである。
「……」
「……」
その暴力的な程の文化の香りを前に、2人から出たのはヨダレではなく、
……涙であった。
「っ⁉︎……これ伝票ね」
号泣する男とロリを見てドン引きしたお姉さんが、伝票を置いてそそくさと去ってゆく。
……卓上を彩る豪華絢爛な宝石達に、ヘタな美辞麗句は最早無粋。
東条とノエルは静かに手を合わせ、心よりその言葉を贈った。
「「いただきます」」
上品さ?淑やかさ?そんなものハンバーガーという一至高の前では失礼に値する。
一気に豪快にかぶりついた2人の口内を、『肉』が蹂躙する。
香り、食感、味覚の全てに最高の幸福感を与えながら、『肉』が蹂躙する。
野生で食べるのとはわけが違う、計算し尽くされた肉の旨味。乗算され昇華された料理という人類の誇るべき文化。
その全てが、今彼らの口の中に広がっていた。
「ぐふぅっ、うふぅ、あ、これ美味ぇ。食ってみ。ぅう」
「ひぐっ、んん、ぅん、うみゃい。これもうま。ぅう」
泣きながらバクバクと料理を食べ進める2人の異常さに、
「「「「「…………」」」」」
店内にいる誰もが困惑するのだった。
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