第13話




 東京は特区、池袋。



 天井や床からトレントの根が生える建造物の中。


 小綺麗に掃除された薄暗いそのフロアに、人工的な光が灯り、軽快な音楽が流れている。


 ここは嘗て、東条とノエルが生活していたデパートの家電フロア。


 彼らは一切の掃除をせずにこの場所を発ったわけだが、なぜか床にはゴミの1つも落ちていない。


「……バロロロロ、」


 太い指が袋からポテチを掴み、大きな大きな口に運ぶ。


 薄暗いフロアで1つだけ点灯する大型テレビの中では、笑顔を振り撒くハイネがステージの上で踊っている。絶賛ライブ中継中の映像だ。


「シャワー借りたぞ。……何見てんだ?」


 そんな何者かの後ろから、バスタオルを肩に掛けた上裸の朧が姿を見せる。


 1年前よりもデカく、鍛え抜かれたその抜群のプロポーションは、異性が見たら鼻血を出して卒倒するレベル。


 顔が良すぎる、身体が良すぎる、神の依枯贔屓、それが彼につけられたあだ名である。


「オオ〜。ハイネ氏のライブ映像ダ」


「ああ、今ちょうどか」


「コーラ飲むカ?」


「サンキュ」


 ソファの隣に座った朧に、何者――ミノヒポポタマスは瓶コーラを渡す。


 パッツパツの美少女Tシャツ。パッツパツの短パン。グデ〜とソファに座るその姿に、嘗て東条とノエルですら警戒していた刺々しさは微塵もない。


 完全に現代文化に染まったカバとは、側から見ればシュール以外の何者でもない。


 朧は瓶に口をつけ、画面の中で踊るハイネを見つめる。


「……お前よくこいつのライブ見れるな。怖くないの?」


「気づいた時にはもう遅かっタ。それにcellを抜きにしてモ、ハイネ氏は歌もダンスも上手イ。お茶目デ強イ。推せル」


「……あっそ」


 確かに、気づいたところでどうにも出来ないしな。

 朧は背もたれに寄りかかり、横でペンライトを振るカバから目を逸らした。



 説明しよう、なぜ彼らが一緒にいるのかを。


 時は遡り、1年前。

 東京の特区を狩場にしていた朧は、ナワバリの掃除を続けていたポポタマと遭遇。


 当然戦闘になり、激闘を繰り広げた末、紙一重で敗北。

 死を覚悟するも、力を認められ見逃された。


 久方ぶりの悔しさを味わった朧は、分析、特訓、リベンジを繰り返し、3度目で勝利。


 お互い拮抗した実力を持っていたこともあり、その頃には、2人の間にはよく分からない友情的な物が芽生えていた。


 それから何度も勝ったり負けたりを繰り返していたある日。

 朧のスマホを覗き込んだポポタマが、偶然流れたアニメ広告に衝撃を受ける。


 それからは早かった。

 彼は積極的に人間の文化に触れ、魅了され、アニメを見るために言語を覚え、オタ活を楽しみ、今に至る。


 ポポタマがこうなったのは、言うなれば完全に朧のせいである。



「……そーいや毒島が言ってたぞ。お前にも沖縄来て欲しかったって」


「うン、オデも誘われタ」


「行けば良かったろ。建築系は羽振良いだろ?」


「東京から長ク離れるつもりなイ。ここがオデのナワバリ」


「……(そこは染まった今も変わってないのか)。……ま、別に良いけど」


 朧はパーティ開きにされたポテチを取り、齧る。


「最近はどう?バイト決まった?」


「決まっタ。ラーメン屋、二郎系ノ」


「おお、良かったじゃん。おめでと」


「うン、ありがト」


 コーラの瓶を軽く合わせ祝う。


 朧はポポタマの成長を素直に嬉しく思う。

 初めは履歴書を持って勝手に街に出て阿鼻叫喚を作り出した挙句、市民を守ろうとした軍や調査員を全員ノしたことでとんでもない騒ぎになったものだ。


「オボロは最近どうダ?久しぶりニ手合わせしタ」


「ああ、新大陸で自分の力試してたんだよ」


「どうだっタ?」


「……確かに危険な場所ではある。けど、思ったより全然戦えたよ。お前より強い奴は見なかったな」


「蛇の王のおかげデ、オデ達は何の制限もなク動けル。そう思うのも無理なイ」


「ノエルな、……今何してんだろうな」


 ポポタマは棚に並べた沢山の教科書を見る。


「いつか礼ヲ言いたイ。彼女の残しタ勉強の後は、とても役立っタ」


「ふっ、きっと笑われるぜ?

 ……そういえば、あの象も消えたけどどこ行ったんだ?」


「知らなイ。彼女は自然。そノ心は読めなイ」


「ふーん」


 いつの間にかいなくなっていた天災に、当時の国も慌てていた。


 朧はコーラを飲み干し、立ち上がる。


「それじゃ、俺もう行くわ」


「なんダ、もう帰るのカ?」


「明日から遠征なんだよ。暫く日本には帰ってこないと思う」


「そうカ、気をつけろヨ」


「ああ、お前もバイト頑張れよ」


「うン」


 朧はライブが終わり、ゴソゴソとゲーム機を取り出すポポタマの背中に笑う。


「たまには運動しろよ?食ってばっかじゃ太るからな」


「余計ナお世話ダ」


 大きな口で笑い睨むポポタマに、朧は後ろ手をヒラヒラと振った。





 ――翌日。


 藜コーポレーション謹製装備で完全に準備を整えた3人と、裸の1匹が港に集合する。


 前代未聞のアイドルの旅立ちということもあって、そのギャラリーは優に数万を超えていた。


「おいどういうことだ⁉︎」「何で朧が一緒なんだ⁉︎」「に、におわせ⁉︎」「嘘だよねハイネちゃん⁉︎」「こっちのセリフよ⁉︎」「朧様その女誰よ⁉︎」「きゃーこっち向いて‼︎」「っうお、カバ⁉︎」「おや、ポポタマ氏も来てたんですね」「おオ、ブラックサンダー氏、」「昨日のボス攻略では助かりました」「いえいエ、皆が前線ヲ張ってくれたから勝てたんですヨ」「ははは、相変わらず謙虚ですね。どうです?皆さん結構集まってるみたいですし、この後クランメンバーでオフ会なんて」「おオ、良いですネ」


 事前にメンバーが発表されていなかったこともあり、現在バリケード後ろは大騒ぎである。


 しかしメンバーを知らされていなかったのは、何も一般人だけではない。


「……どういうことだ、藜さん?」


 青と黒のサイバーパンク風の戦闘服に身を包んだ朧が、青筋を浮かべ藜に詰め寄る。


「どういうことって、君と、灰音と、焔李と、ネロ君が今回の遠征のチームだよ」


「何で先に言わなかった」


「だって言ったら君断るでしょ。灰音のこと嫌いみたいだし」


「えーひどー。何でよ朧君?」


「……チッ」


 詰め寄る灰音に朧がそっぽを向き、ファンが絶叫する。


「ねぇ焔季ー朧君が冷たいー」


「照れてるんだろ」


「ゴルッゴルッゴルッ」


「……(ウゼェ)」


 初っ端から先の思いやられる編成に、朧は頭を抱えたくなる。


 藜がそんな彼の肩を叩く。


「心配しなくても、君を含めた全員が特1級の猛者だ」


「戦力を心配してるわけじゃ……、もういい」


 手を振り払った朧は渋々とネロの背中に乗る。


「んじゃ皆、ちゃんと新大陸を調査しつつ、海外とのコンタクトよろしくね」


「ああ」


「はーい」


「ゴルァアアアア!」


「……」



 それぞれがぞれぞれの目的を持ちながら、絶叫に見送られ4人は大空へと飛び立った。

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