第12話



 ――ライブ終了後、控え室テント。

 灰音の母性に懐いた黒龍ネロが警備するその入口を潜り、藜はテントの中に入る。


「お疲れさ〜ん」


「あ、ボスさん。お疲れ〜」


 取締役の登場に、ハイネを労っていた専属コーチ達も挨拶する。


「ごめんね君達、ちょっと2人にしてくれるかな?」


「分かりました。じゃあまた後でねハイネ」


「本当に良かったよ〜」


「は〜い」


 手を振り2人を見送った灰音は、結んだ髪を解き椅子に座る藜を横目で見る。


「まずはお疲れさん。最高のステージだったぜ」


「うん、ありがと。……それで?どうしたのさ、人払いもしちゃって」


 彼の方に椅子を向け、灰音もドカっと座る。


「……クフフ。お前のおかげで、日本国内にあの2人に対する悪感情はもう殆どない」


 話の内容に、彼女がピク、と反応した。


「……ふーん、なら良かったよ」


「1部の強者の中には洗脳を防いでる奴もいるが、そいつらもそのマイクの力で既に侵食済みだ。今の国の上層部では、あいつらを再びどうやって日本側に付けるかの議論が、毎日のようにされてるぜ」


「虫のいい話だね。自分達で傷つけておいて」


「まったくだよな〜。……」


 藜はそっぽを向く灰音に苦笑する。


「……クフフ、まだ怒ってんのか?」


「は?別に怒ってないし」


「まぁあの甲斐性なしは、何も言わずにお前を置いて行ったわけだからな。それも他の女を連れて」


「……何?喧嘩売りきたの?」


 彼女の苛立つ魔力にネロが反応し、テントの中にチョロ、と顔を出す。


「落ち着けって。別に蒸し返しに来たわけじゃねぇ」


「じゃあ何さ」


「前々から言ってたろ?……愛しい彼のことを追いたい、って」


「っいいの⁉︎」


 勢い良く立ち上がる灰音に藜が笑う。


「話通すのだいぶ苦労したんだぜ?お前は言うなれば表の人間、それも芸能人だ。新大陸を自分の足で進むなんて普通じゃ誰も許さねぇ」


「良いよ、勝手に行くもん」


「自分の影響力を考えろ。それに、だから前もってそのきっかけを作ったんだろ」


「きっかけ?……あぁあの炎上したやつ?」


 灰音は思い出す。

 藜に言われ、一時期特区に入りモンスターを虐殺しまくる動画を上げていた期間がある。

 調査員と一緒に新大陸に入って、狩ったモンスターの首を掲げSNSに上げたこともあった。あれはゴリゴリに炎上した。


「あれはやりすぎだ。でも結果として、お前にそれだけの力があることは周知出来た。正式に特別1級調査員の資格も取れたわけだしな。

 俺は『冒険者』の称号をあげても良いと思ったけど」


「それは仕方ないよ。何せ第1回の授与者が、桐将君とノエルとボスさんだよ?そのせいで『冒険者』が等級から外されて称号扱いになったんだから。ハードル上げすぎ」


 調査組合もこの2年で多くの改変を行った。

 その中には当然、調査員の等級やモンスターのレベルに関するものもある。


 今の等級は1級を最上位とし、2級、3級、訓練生と続く。


 新大陸に入るには1級の資格が必要であり、その中でも頭一つ抜けた者が特別1級調査員として認定されるのだ。


 今や『冒険者』は生ける伝説。1個人で核兵器と同等の戦力というのが有識者の見解である。


 藜はケラケラと笑い、「けどよ」と否定する。


「そんな称号を文句なしで取ってった奴もいるだろ?」


「あぁ、ライオンさん」


 唯一、化物3人組に匹敵すると判断された男。

 筒香葵獅。


 資格取得試験で試験官が本気でお願いしますと言ってしまった結果、会場の1/3と近隣の山3つを消し炭にした事件は記憶に新しい。


「ライオンさん今何やってるの?」


「今朝菊の嬢ちゃんと亜門さんと一緒に発ったぞ」


「ッはぁ⁉︎」


 今日1の声にネロがビク、と反応する。


「何で言ってくれなかったのさ⁉︎」


「だって言ったらお前ライブ中止するだろ」


「当たり前じゃん!」


「だからだよ」


 あぁーー‼︎と絶叫する灰音に、藜が1枚の封筒を渡す。


「はいこれ」


「はぁ、はぁ、何これ?」


「嬢ちゃんからの手紙」


 雑に開くと。



『お先』



「――ックソが⁉︎」


 見た瞬間グチャグチャにしてゴミ箱に投げ入れる灰音の姿に、藜は爆笑しネロはオロオロする。


「ほら、人払いしといて良かったろ?」


「いつから決まってたの⁉︎」


「1ヶ月くらい前かなぁ。そーいや嬢ちゃん入念に口止めしてたなぁ」


「あんの蜘蛛女っ、絶対に僕が忙しい時にぶつけたんだ!やっぱりあそこで殺しとくべきだったッ」


 こうしちゃ居られない、と荷物を纏め出す彼女。


「おいおい、落ち着けって。この後ライブの慰労会あるだろ」


「欠席で」


「バカ野郎、主役が休んでどうする。それに言ったろ、もうお前の出発日時は決めてある」


「明日行く。絶対」


「はい、そう言うと思って明日にしておきました。なので慰労会には出ましょう」


「……むぅ」


 藜は椅子に倒れ脱力する灰音に、面白いものが見れたと満足気に微笑む。


「まぁそう焦るなって。1日程度大した差はないだろ?」


「……その1日が大きいんだよ。女の戦いナメるな」


「……はぁ、仕方ない」


「……何さ」


 溜息を吐き立ち上がった藜が、灰音の耳元に口を寄せる。


「……他言無用だぜ?……先に潜らせていた俺の部下が、ようやくあいつらの姿を確認した(ボソ)」


「――ッ⁉︎GPS壊れたんじゃ⁉︎」


「ああ、こっそり取り付けたGPSはバレたか壊れたか、途中から信号が消えた」


「じゃあどうやって……(ボソ)」


「俺は1年前から、既に仲間を新大陸に行かせている。海外にも到着済みだ(ボソ)」


「っ、……マジで?」


「マジ」


 何が犯罪は辞めただ。灰音は目の前でウキウキしている男に呆れ、同時に感謝する。


「……で、それってどこ?」


「どこだと思う?」


「勿体ぶらないでよっ」


「クフフ、――だよ」


 灰音の目が光る。


「……この情報を蜘蛛女は?」


「知らない」



「……ふふふふ」「……クフフフ」



 怪しい笑いを浮かべる2人に、ネロがそっと首を引っ込める。


「最高だよボスさん!見直したよ!」


「見損なわれてたことに驚きだけど、お前には稼がせてもらってるからな。ちょっとしたお礼だよ」


 途端上機嫌になった灰音を笑い、藜は杖をつき背を向ける。


「ボスさんも慰労会来るんでしょ?」


「ああ、今日のために仕事片付けてきたからな〜」


「やった。焔季と真狐さんは?」


「皆来るぞ〜」


「やった〜」


「クフフ。んじゃまた後でな、さっさとシャワー浴びてこい」


「は〜い。……あ、そういえば、何で2人の行く先予想出来たの?どこに着くかなんて分からなくない?」


「ん?あぁ、そりゃ工作したからな、船の出立場所とか。……まぁあいつらの趣味嗜好分かってれば、どこ行きそうかなんて予想つくしな」


「……ふーん、……何かムカつく」


「クハハ、何でだよ」


 笑いながらテントから出て行く藜をジト目で睨み、灰音は服を脱ぎシャワールームに入る。


 何だい何だい。まるで自分より2人に詳しいみたいな言い方じゃないか。


「…………僕だって分かってたもん」


 とっくに乾いてしまった汗を流しながら、


 ……彼女は湧き立つ興奮にクス、と微笑んだ。







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