3章〜未知の味を求めて!〜
第4話
――同時期。イタリア南方・元地中海沖・新大陸――
約1年前まで、地中海はユーラシア大陸とアフリカ大陸に挟まれた、特有の風土を持ったリゾート地だった。
でも今やアフリカ大陸のあった場所は海と化し、その近くには突如現れた新大陸が続いている。
クリスマスと同時に出現したモンスターに対抗するため、地中海沿岸の国家は結託しこれを殲滅。
そして新大陸に何らかの関連性があると見て特派を送り込むんだけど、ものの数分で全滅。
悲しいね。んでこりゃヤベェってなって、地中海を含めた新大陸周辺を、最重要危険区域としたってわけ。
――大きなバックパックを背負いボロボロの服を着た青年が、裸足でトレントジャングルの中を身軽に走り回っている。
数本のプラチナの線が入った白髪天然パーマ。
イタリア人によく見る褐色で健康的な肌と、彫りの深い端正な顔つき。カッコいいと言うよりは可愛らしいその顔は、実に女受けが良さそうだ。
そんな彼の申し訳程度にかけているオシャレサングラスの奥には、息を呑む程美しい虹色の瞳が覗いていた。
「ぃよっと!」
男は20mはあるトレントの枝に軽く飛び乗り、葉の中に身を隠した。
……俺が何でこんなことしてるかって?まあ見てろって。しっ、ほら来たぞ。
「ブルゴォオッ、フブルっブルル」
ドスドスと足音を立て、デカいイノシシみたいなモンスターが周囲を探る。
見ろ、あのデカい鼻。あいつはあの鼻で地中にいる虫モンスターとかキノコを探すんだ。
いきなり臭いが途切れたから、俺の場所が分からないんだろうさ。
今までで1番デカい個体だ。今のうちに写真を。
カシャ「ッブルゴ‼︎」ズガァン!
「おっと忘れてた。こいつ耳も良いんだ、ったっ」
男は巨大な牙の一撃にへし折れたトレントから飛び降り、同時に突っ込んできたイノシシをヒョイ、と躱す。
そうだ、君らは牛肉と同じように豚肉にもランクがあるのを知ってるか?
重さ、背脂肪の厚さ、外観、肉質の4項目、細かいのを含めたら10項目の審査を経て、その肉のランクが決められるんだ。
最上級が極上、その下に上、中、並と続く。こいつの肉は程良いサシの入った上等な肉、分類で言えば上には入る。
美味いぞぉ!
「ブ、ブフゥ、ブフゥ」
突進を躱され続けたイノシシは荒い息を吐き、ヒヅメを打ち鳴らす。
全力全開全速力、ダンプカーくらいなら吹っ飛ばす渾身の一撃を、
「今日はステーキだな!」
あろうことか男は牙を掴み、片腕で受け止めた。
しかし先とは打って変わり、その腕には白い体毛が生え、鋭利な爪が生えている。
明らかに人の物ではない。
「ぶ⁉︎ブガガ⁉︎」
いくら暴れようともびくともしない腕に恐怖するイノシシを見ながら、男はもう片方の腕を変化させ振り上げ、
首を刎ねようと振り下ろ、
そうとした瞬間、
「――ッんぬぉ⁉︎」「ブギョォ⁉︎」
背後からの攻撃を察知し思いっきり身体を逸らす。
直後男の首があった場所を通過し、何かが地面に突き刺さり大きく抉った。
「おいおい何だ何だ⁉︎何も見えないぞぅおっと⁉︎」「フゴォ⁉︎」
続いて突如現れた毒液を躱し跳躍、
枝に飛び乗り足を開くと同時に股の間を何かが通過、トレントの幹に穴が穿たれる。
「あっぶなぁ⁉︎チンコもぐ気かこの野郎⁉︎」「フゴっ、フゴぉっ」
見たことない攻撃の残痕とバリエーション。極限まで抑えられた魔力。
潜伏系のモンスターだな!これは、新種の予感!
途端男の虹色の瞳が縦に割れ、耳が尖り大きくなる。その爬虫類染みた目が映すのは、
「……」
「――(ッ)」
風切り音。
男は首を逸らし、見えない攻撃を躱し膝を曲げ、跳躍、
直後足場にした太いトレントが吹き飛んだ。
グッタリとするイノシシを持っているにも関わらず、変化した白い獣脚で木の幹を足場に飛び回る男の速度は、先までの比ではない。
「――(ッ、ッ、ッ⁉︎)」
見えない攻撃が周囲の枝や幹、地面に鋭利な傷跡を残す。
がしかし男には当たらない、擦りさえしない。
まるで男には全てが見えているかのように。
「(ッ、……ルルル)ッフシュゥゥ!」
姿を隠すソレは悟った。この生物は危険だ、逃げるべきだ。
膨大な毒霧を吐き逃走しようとした、
その時、
「ブゴォォオ⁉︎」「ルギャァ⁉︎」
途轍もない速度でぶん投げられたイノシシの牙が、毒霧を突き破りソレにブッ刺さった。
イノシシは毒霧を吸い込み血を吐き絶命。
トレントに縫い付けられたソレが、即座に口を開き迎撃に移ろうとした瞬間、
「ッショイ!」
「ッギョペ――」
毒霧を貫き男の飛び蹴りが炸裂。
伸びそうになっていた舌とトレントごと、ソレの頭部を蹴り潰した。
「ふぅ、……」
死んで透明化の解けたカメレオン型モンスターを見ながら、男は舌をペロ、と出し、漂う毒霧を舐める。
「即効性の神経毒⁉︎肉がダメになるじゃないか!」
クソったれ!なんてことしてくれるんだコイツ⁉︎こうしちゃいられない早く捌いてやらないと!
焦る男は絶命したイノシシとカメレオンを担ぎ、毒霧の中を走ってゆくのだった。
――河原で血を洗う男の前には、綺麗に捌かれたイノシシとカメレオンの巨大な肉。
石の上で良い音を立る巨肉を横に、男は分けておいたカメレオンの血を掲げる。
「Graz
しっかりと口に含み、味わい飲み込む。
「ん〜、……猛毒!」
次にカメレオンの骨をバリゴリと食う。
「!これはなかなか、歯ごたえが良い」
そこで肉が焼き上がり、男は舌舐めずりをする。
まずは今日初めて見たカメレオンの肉、果たしてどんな味がするのか。楽しみだ!
まずはビジュアル、
「紫色の肉と毒々しい肉汁。食欲は湧かないな!」
次は香り、
「ぅ〜ん、これは酷い!腐った牛乳みたいな香りだ!」
肉に噛みつき、咀嚼する。
「……ふむ、(モグモグ)、」
微かに感じる鶏肉に似た淡白な風味、弾力があり噛みごたえがある。
そしてそれらを全て打ち消す程に濃厚な猛毒のエグみ渋み。
うん、
「不味い!」
こーれは人に振る舞えるもんじゃないわ!食えたもんじゃないぞハッハッハ!
男は残りのカメレオン肉をペロリとたいらげ、続いてメインのイノシシ肉にかぶりつく。
その美味さに思わず破顔した。
キノコばっかり食ってるからか、肉自体にトリュフの様な上品な香りが付いている。
ヘタなソースや調味料を使っちまうと、この美味さを消しちまうんだ。
男はバックパックから草を取り出し、絞る。
この草には塩を溜め込む習性がある。
他にも胡椒とか山椒に近いスパイスとか、色々見つけたぜ?凄いだろ!
男は肉の塊を食べ終え、2ブロックめを焼き始める。
「……やっぱり、コイツを超えるモンスターはなかなかいねーなー」
この大陸に来て何100種類もモンスターを食ってきたけど、やっぱり手放しで美味いと言えるもんは少ない。
そん中で分かったのが、魔素量が多い奴程美味い可能性があるってことだ。
魔素って名称は日本の漫画から取ったんだと。あの国に根付いた文化は色々面白いよな。
そうそう、いつだったかドラゴンみたいな奴を食ったけど、ありゃヤバかった。
美味すぎて意識が飛んだ。どんな肉よりも上品で、旨味が凝縮されていて、ありゃもう神の域だ。
――男は炎魔法を使い焼き加減を調節する。
でもな?一つ問題があってよ、魔素が多いってことは、つまり強いってことだ。
要するにこの世のモンスターは、強ければ強い程美味いんだよ。面倒だろ?
ドラゴンと戦った時も危うく死にかけたぜ?
3日3晩間戦い続けて、疲れたところをガブリだ。
俺も腹から下吹き飛ばされたし、どっちが食われてもおかしくなかったな!ハハハッ!
……ん?俺が何者か知りたいって?よし、教えてやろう。
俺は元ミシュラン調査員、
ミシュランブックとか知ってるだろ?あれ作ってる人だよ。
世界中の料理を食べ歩いて、評価する最高の職業さ。
本当は言っちゃいけないんだけど、まぁ元だし、別に良いだろ。
あ?何で辞めたのかって?違う違う、辞めさせられたんだよ。
まったくさぁ、人食ったからって辞めさせることなくね?
別に殺したわけじゃないし、モンスターに殺された人を、ちょっとパクっ、てしただけなのにさ?
酷くない?
んでその味とか食感とかをレポートに纏めて提出したら、何か軍隊に追われてさ、蹴散らすの面倒臭くなってここに逃げてきたってわけ。
ここ楽しいし満足してるんだけど、やっぱ文化的料理が恋しくなる日もあるよ。調味料も器具も足りない物が多いからね。
だから俺の今の目標は、このどこに繋がってるかも分からない大陸を伝って、アメリカに行くことなんだ!
途中泳ぐこともあるかもだけど、生憎泳ぐのは得意だから大丈夫!
何でアメリカかって?
だってあそこ人種のサラダボウルなんて呼ばれてるし、ちょっとくらい人食べてても怒らないでしょ!
何せ自由だしね!
あ、ちなみに人は美味しくなかったよ。硬かった。
完食したガブリエーレは立ち上がり、早々とバックパックを背負う。
そろそろ血の臭いを嗅ぎつけモンスターがやってくる。
「さて、んじゃ行きますか」
皆も俺の旅が上手くいくよう願ってくれよ?
……え?
何でそんなに独り言が多いのかって?
仕方ないだろ、ずっと独りだと寂しくなるもんなんだよ……。
「……お、良い能力じゃん」
透明化したガブリエーレは、バックパック、サングラス、服を宙に浮かべ、再びアメリカへと歩みを進めるのだった。
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