2章〜平等の強制〜

第3話 

【前書き】

昨日1話投稿したけど、前々話に表示されちゃってる。PV の回転数見るに多分気づいてない人かなりいると思うから、言っとくね。










 ――同時期。アフガニスタン――



 荒い造りの建物は軒並み崩れ、舗装もされていない道路は薄い雪で覆われている。

 瓦礫や腐った死体がそこかしこに転がり、腐臭を漂わせる地獄。


 トレントというモンスターは、本来新大陸特有の樹木だ。この景色は、どの国にも起こり得た結果の1つである。


 人やモンスターの死体にモンスターが群がり、それを他のモンスターが襲い喰らう。


 生々しい食物連鎖の形が、ここには広がっていた。



「グルルぅ」


 1匹の獣型モンスターが獲物を仕留めた。その時、


「ッギャン⁉︎」


 頭部を銃弾に撃ち抜かれ絶命。


 近づいてくるエンジン音。腐った死体を踏み潰しながら、3台の装甲車が獣型モンスターの前で停車する。


ښه شاټナイスショット、これでノルマ達成か」


「今日狩った分だけで3日は保つんじゃねぇか?」


 下車した男は銃でモンスターをつつき、死んでいることを確認してから荷台に投げ入れる。


 男達は武装集団サウラの構成員。

 今日の狩り担当の彼らは、食糧となる肉を確保するためモンスターを狩って回っていた。


「よし、帰るぞ」


「……ん?」


 車がエンジンを吹かすと同時に、ルーフの上でライフルを担いでいた男が何かを発見する。


「ちょっと待て!」


「どうした?モンスターか?」


「……いや、ありゃあ」


 男はスコープを覗き込み、ボロ小屋の一角を注視する。


「ガキか?」


「おお、ついてるな」


 男は車から飛び降り、仲間を2人連れボロ小屋の扉を蹴り開けた。


 もうもうと砂煙が舞う中、部屋の隅で休んでいた子供が目を瞑ったままゆっくりと顔を上げる。


「……誰ですか?」


 発せられるか細い声に、しかし恐怖の色は無い。

 汚れてはいるが整った顔立ち。歳は13程だろうか。

 ボロボロになったビジャブが、煤と脂で汚れた焦げ茶の髪を辛うじて隠している。アフガニスタンで女性が羽織る服装だ。


「女か」


「こいつ結構可愛い顔してるぜ?ヤっていいか?」


「バカが。置いてくぞ」


「……にしてもきったねぇな。臭えし」


「……ぅむ」


 男はライフルを担ぎ直し、彼女の顎を持ち上げる。


「お前何で目ぇ開けないんだ?そんなに俺達を見たくないか?」


「……ごめんなさい。目が見えないんです」


 彼女は目を開くが、その瞳は白く濁り機能していないのが分かる。


 男は足元に落ちていた杖らしき物を一瞥し、なるほどと納得した。ただの棒切れだと思っていた。


 仲間が頭を掻き苦い顔をする。


「おいおい、使い物にならねぇぞ」


「連れて帰るのか?」


「……ガキ産む道具にはなるだろ。顔も良いし、適当に兵士に使わせればいい。オラ立て」


 男は杖を持った彼女を無理矢理立たせ、車まで引っ張ってゆく。


「おぉ、女か!」


「目ぇ見えないんだとよ」


「あ⁉︎捨ててこいそんなもん!」


「顔は良い。性処理には使える」


「おお、そりゃ良いや!ギャハハハ」


 彼女をモンスターの死骸と一緒に荷台に乗せ、男は再びルーフに登った。



 ――生臭い風を切る車の上、男はチラリと彼女を見る。


「……やけに落ち着いてるな。怖くないのか?」


 彼女はゆっくりと男の方を向く。


「……怖い、のでしょうか?」


「……まぁ俺らにはそっちの方が都合がいい。お前、名前は?」



「……رافع مرزا نورラファ ミルザ



 男はライフルの点検をしながら、彼女を嘲笑する。


「もうお前に名前は必要ない。忘れちまいな」


「……」


 ……ガタガタと揺れる車の上、ラファはモンスターの死体に寄りかかり、


 真っ暗な空を悲しげに仰ぎ見た。




 有刺鉄線や瓦礫で作られた雑なバリケードに囲まれた彼らの本拠地。

 見張りを通過した3台の装甲車がボロい倉庫に停車し、待機していた女性達がモンスターの死体を下ろし始める。


「おい、お前も降りろ」


「……はい。っ」


 降りようとしたラファは、しかし段差につまづきビタっ、と地面に落ちてしまう。


 鈍臭ぇ奴だと笑う男達の後ろで、女達は彼女に同情的な視線を向けるも、逸らしてしまう。


 ライフルの男がラファを無理矢理立たせ、近くの女性を呼ぶ。


「おいお前」


「っは、はい」


「こいつ洗っとけ。後で取りに行く」


「分かりました」


 ラファは女性に手を引かれ、湯浴み場へと連れて行かれた。


 ――頭を洗われながら、ラファは久しぶりの湯浴みにほけ〜と脱力する。


「……あなた、何歳?」


「13歳です、はぷっ」


「そう。……可哀想に」


「……可哀想、ですか?」


 ラファは見えない目で女性の方を向く。


「ここでは女は道具よ。死体の解体や料理、洗濯、掃除は全て私達の仕事。男達の好きな時に呼び出されて、好きな時に犯される。……地獄よ」


 女性の目に光は無く、既に絶望の色が深くまで染み込んでいる。

 ここにいる女性は皆、既に現状に慣れてしまい、諦めてしまっていた。


 女性は反応を示さないラファを不思議に思う。


「……怖くないの?」


「……怖い、というのは、変化から生まれるものだと思うのです」


「え?」


「怖くはありません。……だって、世界が変わる前から、私達の立っている場所は何も変わっていないじゃないですか?」



 女性が道具扱い?そんなの今に始まったことじゃないです。


 女性は教育を受けられない。


 女性は医療を受けられない。


 女性は家族に金で売られる。


 それが普通で、それが日常です。人間を食べる生き物が出てきたからって、別に変わることはないです。


 世界には皆が一緒で、皆が楽しく、皆が協力して生きている国がいっぱいあるらしいです。


 ……いいなぁ。


 私も楽しく生きたかったです。

 友達とか欲しかったです。



 世界の景色を、見てみたかったです。



「……お姉さん、ここの景色は、綺麗ですか?」



 優しく微笑むラファに、女性は得体の知れない恐怖を感じたのだった。



 着替えさせられたラファは、ライフルの男に連れられ1つの大きなテントへと入る。


「ボス、今日見つけた女です」


 玉座を模した椅子に座り、女性を侍らせた初老の男がラファを舐めるように見る。


「ほぉ。……寄れ」


 杖をつき寄ったラファの頬を、ボスが片手で掴む。


「ふむ、健康だな。盲目で1人だったのだろう?飯はどうしていた?」


「……死体やお店を漁っていました」


「よく生き残ったものよ」


 ボスは手を離し、下卑た笑みを浮かべる。


「いいだろう。お前は俺が面倒を見てやる。仕事はしないでいい。代わりに子を産み続けろ」


「……」


 ラファは少しだけ考え、顔を上げる。


「……あの、聞いてみたかったのですが、」


「何だ?」


「なぜあなた達は、武器も、お金も、権力も持っているのに、もっと多くを求めるのでしょうか?」


「それはな、武器も、お金も、権力も持っているからだよ。嬢ちゃん」


 ボスの返答に、護衛兵の男達が笑う。


「満たされないのでしょうか?」


「満たされねぇな。欲ってのは上限がねぇんだ。難儀だよな?」


「なぜ弱い人達から奪い続けるのでしょうか?強い人同士で解決することは出来ないのでしょうか?」


「…………はぁ、」


 ――ダァンッ


 ボスは懐から拳銃を取り出し、彼女の頭目掛け躊躇いもなく引き金を引いた。


 倒れたラファを血が浸してゆく。即死だ。


「嬢ちゃん。俺はうるせぇ奴が嫌いなんだ。……早く片付けろ」


 護衛兵が彼女の死体を運び出そうと近づくと、



「……痛いです」



「「「「「ッ⁉︎」」」」」


 血の中で、むくりとラファが起き上がった。まるで何事も無かったかのように。


 絶句し一斉に銃を構える兵達。ボスは目を細める。


「……能力者か。強ぇ女は尚更いらねぇ。お前ら、銃火器じゃなく魔法を使え。死ぬまで殺せ」


 兵達の手に炎や雷が顕現し出す。

 色とりどりの魔法が、幼い少女1人に向けて放たれようとした、


 瞬間テント内にいたボスを含む、全ての武装兵の首に鉄の首輪が嵌め込まれ、同時に全ての魔法が霧散した。


 鈍い銀色に輝くその首輪は、鎖を伝い、ラファの首に嵌められた首輪へと繋がっている。


「…………は?」


 ジャラジャラと鎖を揺らし、ボス達男衆が唖然とする。


「え、な、何だこれ?」「どこだここ⁉︎」「暗い、暗いっ」「目が見えねぇっ⁉︎」「何しやがったテメェ⁉︎」「魔法も使えねぇぞ⁉︎」「さっさと解けやぶっ殺してやるッ‼︎」


 ラファは手探りで杖を拾い、微笑む。


「……これで、皆一緒ですよ。っあう」

「テメェッ」


 しかし胸ぐらを掴まれ、また杖を落としてしまう。


 近くにいたライフル男は、持ち上げた彼女の脳天にライフルを突き付けた。


「ブッ殺してやるッ」


 その声に、ボスが嫌な予感を感じ咄嗟に叫ぶ。


「⁉︎ッ待――



 ――ズガァンッッ‼︎‼︎



 テントの中、10数の真っ赤な花が咲き乱れた。



 銃声を聞き、アジト中の武装兵達が続々と駆けつける。

 そんな彼らが見たのは、


「……パン見つけました」


 全身を盛大に血で汚し、ペタペタとテントから出てくる少女の姿。

 杖をつき、血で汚れたパンを齧るその異常な姿に、誰もが銃や魔法を構える。



 ……そんな彼女を見ていた彼ら100余人の首には、鎖で繋がれた首輪が。



「……何だ、これ?」



 誰かが異変に気づき、呟くのと同時に、



 ――ラファに火炎球が着弾。





 その日のアフガニスタンは、いつもより少し焦げ臭かった。

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