魔王

 



 とある路地裏、今日も今日とて暇なチンピラは、道を通る夜職の女性にナンパを敢行していた。


「ねぇねぇお姉さん、一緒に遊んでこーよ?」「絶対楽しいから」


「や、やめて!警察呼ぶわよ!」


「まぁまぁ、そう怒らないで」


 恐怖に顔を引き攣らせる女性は、


「っ……?」


 しかしそこで、男達の背後に立つシルエットに気づく。

 暗闇に浮かぶ、赤い蛇眼。……え、いつから。


「は?」「あ?――


 瞬間、チンピラの片方が思いっきり横に吹っ飛び、ゴミ捨て場に激突しグッタリと動かなくなった。


「……え?」


「な、何だテメぇっごぉえっ⁉︎⁉︎」


 男の拳がチンピラの腹に食い込み、ベキボキメキッとえげつない音を響かせる。


「革ジャンいいね。金は、結構あんな」


 動かなくなったチンピラの服を剥ぎながら、病衣の男は「あ」と思い出したように上を向く。


「お姉さん、ここって何県?」


「ぇ、ぐ、群馬だけど。……ってかあんたその顔、東条桐将⁉︎死んだって噂だったのに!」


「ん?おう、生きてるぞ」


「ウッソ私大ファンなんだけど!サインちょうだい!」


「おけー」


 東条は履きかけのジーパンを片手で上げながら、彼女のスマホケースにサインを書く。


「ガチヤバっ、ありがと!てか何でここにいんの?今から何しに行くの?」


「ん?テロ」


「何それウケる!ガンバ!」


「じゃな」


「バイバイ!……はぁ〜カッコよ!」


 東条は屋根を伝い、公衆電話を見つけ人目につかないように飛び降りた。


「群馬か、ちょうどよかったわ」


 帽子で顔を隠し、中に入って受話器を取った。



 ――数分後、路地裏に慌てた様子で2人の女性が走って来る。


「お、久しぶりっイ⁉︎」

「っバカッ」「っ、っ」


 東条は勢いよく抱きついてきた紗命と灰音に微笑み、抱きしめる。


「……すまん、心配かけたな」


「本当に、死んだのかとっ、」「ほんまやっ、ほんまやよッ……え、その目どしたん?」


「ごめんなんむ⁉︎」

「っ⁉︎黒百合お前!」


 東条の唇を無理矢理奪った灰音を、紗命が押し除ける。


 東条は相変わらずの2人に苦笑し、抱きしめる。


「わ、桐将?」「っ桐将君?」


「……俺も溜まってんだよ」


「「っ」」


 灰音と紗命の顔がパァっ、と朱色に染まった。



 ――それから1時間後。


 キングサイズのベッドの上。


「はぁ、はぁ、はぁ、」「ふぅ、ふぅ、ふぅ、」


 2人は頬を紅潮させ、荒い息を吐きながら、天井をポカン、と見つめていた。


「「…………す、凄かった」」


 灰音と紗命はごろん、と寝返りを打ちお互いに目を合わせ、……恥ずかしくなって逸らす。


 机でペンを走らせていた東条が立ち上がり、ベッドに座った。


「紗命、これ、ご両親に渡してくれ」


「え?」


「灰音、これ、俺の両親に渡しといてくれ。あと、父さんと母さんに能力を使うことを許す」


「あ、うん、……へ?」


「2人ともこっち来い」


 東条はシーツを手繰り寄せ這う2人を抱きしめ、キスをする。


「……愛してるぜ」


「……うちだって、」

「……僕も、愛してる」


 そして、


「……うし!んじゃまたな!金は置いとく!」


 革ジャンを手に取り、上裸のまま窓から飛び降りた。


「「……へ?」」


 取り残された2人は、またもポカン、とベッドの上で放心する。



「……え?」


「……うちら、ヤり逃げされたん?」


「クズムーブ悪化してない?」


「うちら彼女よな?」


「ラブホの紙で手紙って、これ渡す僕達が恥ずかしいじゃん」


「……でも、何か色気増しとった気がする」


「……ね、分かる」


 思い出し頬を染める2人は、いやいやいや⁉︎、と首を振る。


「追うぞ黄戸菊っ!」「早よ着替えや黒百合っ!」



「「ぜっったい殴るっ!」」



 怒りをその目に、顔を隠してラブホテルを飛び出した。




 ――マスクとサングラス、帽子を被った東条は、切符を買い新幹線に乗る。


「あ、そのお弁当下さい」


「畏まりました」


 窓の外を見ながら弁当を食い、リクライニングを倒し呑気に眠り、京都で下車。そのままタクシーを拾った。


「東条邸宅まで」


「畏まりました。お客さんマスコミの方ですか?」


「まぁそんなとこです」


「……最近多いんです。あの、私からこんなこと言うのもなんですが、あそこには女性が2人で住んでるらしくて、その、……あまり怖がらせないであげてください」


「……優しいっすね運転手さん」


「いえ、」


 到着すると、確かに外周に鬱陶しい虫共がたむろしていた。


「これ気持ちです。お代はいらないです」


「え?あの、」


 タクシーを見送った東条は、金のなくなった財布を川に投げ捨て跳躍。

 驚くマスコミを眼下に、庭に着地した。


「いて、いてて、」


 まだ生きていたノエルの罠を普通に通過しながら、自動ドアを開け、生体認証で普通に2段ロックを解除。


「おーい、いるかー、有栖ー」


 とすぐさま、ドタドタと走ってくる音が響いてくる。


「――っと、東条くん?ッ」

「おっとっと」


 螺旋階段から飛び降りた有栖を受け止める。


「バカっ、バカぁ!ぁあああぁっ」


「ごめんごめん、心配かけた」


 泣き喚く有栖を撫で、一緒に座る。


「……落ち着いたか?」


「んん、ひぐっ、ぅう」


「ハハ、そりゃよかった。突然だが、俺はもう行く」


「突然すぎるよ⁉︎」


「今日はお前に謝りに来たんだ」


「べ、別に今までのことはいいよ!私だって、このチームの」


「あ、謝るのはこれからのことだ。今までのあれこれは別に謝る気ない」


「少しは謝ろうよ⁉︎」


 ベシッ、と有栖にはたかれる。


「はぁ、もう、それで?何を謝るのさ?」


「それは言わん。とりあえずお前には相当迷惑をかけると思う。先に謝っとく」


「いつものことじゃん。……」


 有栖は東条の胸に顔を埋め、心音を聞く。


「……また、会えるんでしょ?今回で確信した。東条くんは絶対に帰ってくる」


「当然だろ」


「……うしっ、なら行ってこい‼︎私は止めないぞ!」


「ハハッ、最高の女だぜお前は!」


 後日、意気揚々と送り出した有栖が顔面蒼白になるのは、また別の話。



 ――東条は跳躍して塀の外に降り立つ。途端に群がってくるマスコミの連中。


 刹那、


「……『雷装』」


 外周にいた全ての人間が血飛沫と化した。


 飛び上がった東条は、空気を蹴り加速、東寺の上空で停止、落下と同時に境内の建物を適当に吹き飛ばした。


「な、なんだ貴さびゃ――」


 近づいてきた僧の頭を殴り潰し、出てくる4体の神像を目に頭をひねる。


「ま、ぶっ壊してりゃ出てくるか」




 ――日本中に通達される、東条桐将の出現。



 ――軍部は蜂の巣をつついた騒ぎになり、京都では厳戒態勢が敷かれる。



 ――京の都の夕暮れ時。雪降る赤い空に火煙が昇る。



 炎上する東寺の門前に集結した軍と警察部隊が、一様に息を呑む。


 火炎の中から現れる、火炎よりも赤い蛇眼に。



「お、揃ってるね」



 東条は片手に掴んでいた不動明王の首を投げ捨て、その口を獰猛に歪めた。



 ――今日はクリスマスイブ。そう!ノエルの誕生日だ‼︎


 ――あいつはクリスマスプレゼントに俺が欲しいとか言いやがった。ロマンチックな奴め。


 ――だから俺は俺をあげた。まぁ別に頼まれたら普通にあげるけど、そっちの方がカッコいいだろ?


 ――俺はクリスマスと誕生日のプレゼントを同じにするなんて、そんなことはしないぞノエル?もう銀行止められて一銭もねぇけどな!草‼︎



 ――……だからよ、お前にはこの景色をプレゼントしようと思うんだ。



 ――俺がお前のものになったっていう、ささやかながらの証明だ。



 到着した総隊長格や、葵獅、嘗ての仲間達、総理や見美は、目の前の景色に瞠目し、戦慄し、そして恐ろしい程に、見惚れてしまった。






 紅蓮に染まる空の下、うずたかく積まれた死体の玉座。


 雪の結晶が夕日に煌めき、血の香りが大地を満たす。


 頂上に座るその姿はまさに、





 魔王であった。





 葵獅がワナワナと震え、1歩を踏み出す。


「ッ何を、何をやっているんだ東条っ⁉︎⁉︎」


「おお葵さん!お久!」


 東条はグチャ、と死体を踏み、立ち上がり手を振る。


 その屈託のない笑顔に、その場の誰もが手遅れなことを悟った。


 集結した日本の総戦力が、魔力を纏う。


 ――その時だった。


「会いたかったぜマサァアあがっ⁉︎何で殴るんだよ⁉︎」


「藜テメェ‼︎俺はいいけどノエルは守るって約束だったろ⁉︎ぶっ殺す!」


「待て待て待て!ずっと見守ってたって‼︎」


「あ、そなの?」


「ビール片手に、っいで⁉︎2度もぶった⁉︎」


 2人にお構いなく、戦闘態勢に入った日本。東条も迎撃しようと獰猛に笑う。


 そんな2者を横目に、藜は涙を浮かべながも、



「もう幕は下りてるよ」



 ニヤリと笑い、指を鳴らした。


「「「「「ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」」」」」


 瞬間、その場から2人が消えた。




 遠方のビルの上、


「……東条さん、やっぱり私はあなたが嫌いですよ」


 cellを発動した佐藤は、悲しげに車椅子を回し背を向けた。




 §




「――ッ何だ⁉︎転移⁉︎」


 耳を打つ波の音。どこかの海岸。

 一瞬で変わった景色に、東条がキョロキョロする。


 とそこへ、


「マさっ」

「おおノエル」


 ノエルが飛びついた。


「藜、これどういうことだよ?」


「マサよぉ、お前あの後どうするつもりだったんだよ?」


「とりまノエルに傷付けた奴皆殺しにして、ほとぼり冷めるまで新大陸にランデブー」


「んっ、マサ好きっ」


「……ククク、お熱いねぇ」


 だが、と藜がテトラポッドに座る。


「あんまり駒減らされると困っちゃうのよ。これから楽しめなくなる」


「何お前?またなんか企んでんの?」


「クク、……また、というか。もう王手なのよ」


 藜は立ち上がり、岸に浮かぶ小型の船を指す。


「安心しれくれ。マサとノエルには最高のショーを見せてもらった。ここからは俺の仕事だ。お前らは新婚旅行楽しんできな」


「何も安心出来ないし見せた覚えもねぇよ」


 東条は溜息を吐き、ノエルはウキウキと船に乗り込む。

 するとその席の上に、2着の服が用意されていた。


「これは?」


「頼まれてた新装備さ。モンスターと強化繊維の合成素材を基にして、極限まで軽量化した逸品だぜ。売りゃ10億は超える」


「へぇ!」「おぉ!」


 色彩は白と黒。流石藜、分かってる。

 サイバーパンクファッションというやつだろうか、見た目もめっちゃカッコいい。流石藜分かってる!


 2人の喜ぶ姿に、藜もご満悦である。


「んじゃま、ちょっち行ってくるわ」「わ!」


「へいへい。そーいや彼女さん達には挨拶したのか?」


「ああ。済ませた」


「ならいい。女は怖ぇからな」


 霧の中新大陸へと向かってゆく船に、藜は杖を振る。


「ありがとよ藜!またな!」「じゃな!」


「お〜う、外国着いたら連絡くれよ〜。……」



 霧に呑まれ見えなくなった船に背を向け、藜は待機させていた車に乗り込む。


「良かったのか挨拶しなくて?」


「するわけないでしょ殺されますよ」


 運転席に座り冷や汗を垂らしていた真狐を笑い、車を出させた。


「まぁ確かに、報道局やら官僚やら内閣に手回して、ノエル追い詰めたのがお前だってこと知りゃ、マサは間違いなくキレるだろうな?」


「何責任転嫁してんねん⁉︎全部あんたやろ計画したの!やったのは俺やけど!」


 叫ぶ真狐を藜はケラケラと笑う。


「局の社長はどないする?まだまだあの2人イジメ足りないみたいやけど」


「もういらん、適当に殺しとけ」


「ええん?」


「根は張ってある、あの局は俺らが貰う。……そもそもよぉ、マサを陥れたいやつを生かしとく必要なんてねぇだろ?」


「あんたが言うな」


「ハイネは?もう呼んであるか?」


「ったく、このおっさんすぐ話逸らしよるっ。はいはい呼んでありますよ!」




 ――駅に呼び出されていた灰音は、見るからに不機嫌そうな顔で車に乗り込む。


「何?1人で来いって」


「何でお前そんなキレてんの?」


「別に、桐将君に呼ばれたと思ったらヤり逃げされたことになんて何とも思ってないよ、別にね!」


「……あんのバカ」


「え?マサさん最低やん?」


「は?殺すよ真狐さん?」


「情緒不安定なん?」


 深く溜息を吐く彼女に、藜は純白のマイクを渡す。


「ん?これは?」


「ハイネ専用のマイクさ。いきなりだがハイネ、今日がデビューだ」


「はぁ⁉︎」


 藜がニヤリと笑う。


「このマイク、何で出来てるか分かるか?」


「え、……っ、まさか⁉︎」


「ああ、エルロコの茎、特殊部位から作った」


「何でそんなこと」


「こいつの能力は魔素の消失、だが単体じゃ意味を成さない。本来のエルロコも何かと掛け合わせて使ってたんじゃないか?」


「あ、……花粉」


 灰音はあの、赤くなった沖縄の空を思い出す。


「そこで俺は考えた。お前の能力とこの能力を掛け合わせれば、今の東条とノエルを嫌っている日本を強引に元に戻せる」


「っ、」



「お前のこのマイクはな、消失の影響を花粉じゃなく、電波に乗せる。回避不能、お前の声を聞けば即アウトの洗脳だ。報道局も手に入れた、知名度は充分、


 ……俺達でマサとノエルを救おうぜ?」



 藜の獰猛な笑みに、ハイネが唾を飲む。


「……ボスさん、アイドルを押したのも、最初からこのため?」


「さぁなー、」


「……分かった。いいよ、やる。僕にデメリットないしね」


「そうこなくちゃ!」





 静かに走る車の中、





「……(国取り完了)……ククっ」





 藜は満足気に笑った。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る