愛してる

 



 ――小さな穴の中、あぐらをかいた東条は、膝の上に乗るノエルを優しく撫でる。


「それでね、骨拾って、マサの骨にくっつけたの」


「おんまえあれクソ痛かったんだぞ⁉︎」


「あははっ」


「あははじゃねぇって!ちゃんと麻酔した⁉︎」


「ん。鯨が昏倒するレベルのやつ。マサなんか抗体できてて効かなかった」


「何それ俺凄くね?」


「ん。ノエルの毒浴びすぎた」


「お前のせいかよ!」


「わひゃひゃっ」


 髪をわしゃわしゃしてこねくり回す。


「それでね、回復薬に漬けたら一瞬で治ったの。グニグニって、キモかった」


「キモい言うな。……え、てかさ、それ俺大丈夫なの?カロンのやつ俺の中で蘇ったりしない?」


「大丈夫」


「あ、そなの?」


「特殊部位はね、言ったら空の器なの。本来の宿主が消えた後もね、強すぎて残ってる死骸みたいな物なの。だからマサの遺伝子情報で上書きできた。もしカロンが生きてたら足は治ってないと思う。ん」


「は〜、なら大丈夫か。え、じゃあ俺もあいつみたいに骨グイー伸ばせたり出来んの⁉︎」


「無理」


「あ、そなの」


「その骨はマサの意志じゃなくて、マサの遺伝子で上書きされたの。もう形が変わることはないと思う。最強の手足だよ」


「いいなそれ。……」


 東条はニパ、と笑うノエルを見つめる。


「……なぁノエル」


「ん?」


「……なんかお前、可愛くね?」


「ノエルはいつも可愛い」


「いやそういうことじゃなくてな」


 仕草というか、表情というか、なんかいつもより柔らかい気がする。


 ……甘えて、いるのか?


「……なるほど。そりゃそうか、」


「ふみゅ、」


 東条はほっぺたを摘み、笑った。



 ――それから今日まであったことを面白おかしく話しながら、久々の時間を堪能し、

 どれだけ経ったか。


 ……一息吐いたノエルが、少しだけ俯き口を開いた。


「……ノエルね、人いっぱい殺した」


「……そっか」


「マサとの約束破った」


「……」


「…………ノエル、マサに言わなきゃいけないことある」


「……何だ?」



「っノ……、っノエルが日本をこんなにしたっ。ノエルはモンスターの王様で、白いモンスターはノエルを狙ってやって来るのっ。だからっ、だからマサが何度も死にかけてるのは、ノエルのせいでっ、ノエルの近くにいると、マサはこれからも傷つくの!」



 震え下を向くノエルは、沈黙に涙を堪え、


 ――次の瞬間、





「――ッブッハっ、ダハハハハハっ⁉︎っおっま、そんなことで、ゲホっゲホ、むせた、アヒャヒャ」





「――っ⁉︎、⁉︎」


 目を白黒させるノエルに、東条は笑い涙を拭く。


「てか王様ってヤバ、カッコ良すぎんだろ。自慢しろよ」


「え、いや」


「お前今までそんなことで悩んでたの?バカかお前くっだらねぇ」


「な、なんで、死ぬんだよ?今回だって、殆ど死んで」


「あのなぁ、」


 東条はノエルのおでこにおでこを合わせる。


「俺はお前のために命かけれんだよ。今回で分からなかったかアホ」


「っ、ノ、ノエルだってっ」


「分かってるよ。俺はノエルために死ねる。ノエルは俺のために死ねる。これじゃぁ答えになんねぇのか?」


「……なぅ」


「あ?聞こえねえなぁ」


「っなる!」


「そうだろなるだろ!だからウダウダつまんねぇこと言ってんじゃねぇ。……それによ」


 東条は涙を堪え可愛く睨んでくるノエルの頭を撫で、



「どんな悩みだろうが、そんなことかって笑ってやるっつったろ」



 満面の笑みを浮かべた。


 途端決壊、またもノエルに抱きつかれる。


「まったく、この甘えんぼめ」


「……マサ、」


「ん?」


「……好き」


「……ふふ、ありがとよ」


「マサ好き」


「おう」


「大好き」


「俺も好きだぜ」


「…………ん。よかった」


「……おうよ」


 東条の胸に寄りかかったまま、ノエルが口を開いて、閉じて、……躊躇いがちに開いた。


「……マサ、まだノエル隠してることある」


「まだあんのか」


「ノエルは眷属を作れる」


「……ん?」


「ゆまはノエルが作った唯一の成功個体」


「おっと?」


 話の毛色が変わったぞ?


「眷属になれば強くなる。マサも強くなりたいでしょ?だから」


「ちょい待ちちょい待ち。え?ゆまさん人間だよね」


「ん。マサと出会う前、沢山人体実験してた。ゆまはその生き残り」


「おっとー」


 新事実いただきました。

 ノエルが連れてきた人だから何かあるとは思ってたが、まさかこう来るとは。流石に驚いたぞこの野郎。


 ――そしてこれは東条も、ノエル本人も知らないことだが、眷属の作成は『開闢の王』の力がこの星を渡った際、変化し、新たに備わった能力。

 襲いくる使徒から、己を防衛するための能力なのである。

 故に、異世界から変わらずやって来たアルバに、この能力は使えない。アルバも知らない、完全に新しい力なのだ。


「……それで、俺を眷属にしたいってか」


「い、いや違う、無理にはしない。もしマサがよかったらだよ」


 あたふたするノエルに東条は頭を掻き、……睨みつける。


「っ……ごめん」


「はぁぁあ、……なってねぇ、なってねぇよ」


 大きく溜息を吐く東条に、ノエルは縮こまってしまう。


「むぎゅ⁉︎」


 彼はそんなノエルの頬を掴み、無理矢理上を向かせた。


「俺が、俺が、俺が良ければ、俺がなりたければ、そうじゃねぇだろ。お前はどうしたいんだよ?お前は俺を眷属とやらにしてぇのか?あ⁉︎」


「っ」


「その眷属ってのは、要するに人を捨てるってことだろ?お前はそんな大事なことを、責任も取らねぇつもりで俺に押し付けようってのか?」


「っぁう」


「ッ覚悟が足りねぇよ、覚悟がよ‼︎前もそうだろ⁉︎俺を巻き込むって分かっておきながらっ、何で俺に全部言わなかった⁉︎覚悟がなかったんだろ‼︎俺を巻き込んでっ、その上で俺と一緒にいるっていうよ‼︎だからお前は俺の優しさに甘えて!いつまでもその問題を抱え続けてた‼︎違うか⁉︎」


「っ、ぅう」


「お前はどうしたいんだ⁉︎俺の意見なんざ二の次でいいんだよ‼︎

 お前はっ、俺を眷属にする覚悟があるのか⁉︎大事なのはそこだろ‼︎」


「ッある‼︎ずっとマサと一緒にいる‼︎マサを眷属にする‼︎」


「よし来い全部受け入れる‼︎」


「…………ブハっ」


 あまりにも早い即答に、ノエルが吹き出す。


「何だよ、」


「……んーん、何でもない」


「どうすりゃいい?髪の毛でも食うか?」


「ノエルも流石にワンフォーオールは持ってない」


「ぶはっ」「なはっ」


 笑いあった後、おもむろにノエルが東条の首に抱きつく。


「……てか、俺が初めてじゃないのか。なんかショック」


「ふふっ、初めてだよ。ゆま達に与えたのはノエルの老廃物みたいな物」


「それはそれであの人が可哀想だぞ」


「……マサには、ノエルの全部をあげる」


「それは有難いこって」


 ノエルは優しく、甘く微笑み、
















「……マサ、愛してる」
















 東条の首に牙を突き立てた。






 ――「……ふぅ」


 眠ってしまったノエルを起こさないよう、静かに穴から出た東条は、肺一杯に冷たい空気を吸い込む。


「んー、なんか変わったんかね?……あ、でもちょっと視界が、ん?おぉ」


「ッ⁉︎」


 ぐるん、と東条の首が動き、木の裏に隠れていた彼に焦点が合う。


「朧か?」


「……何で分かったんですか、っ、てかその右目、何ですか?」


 溜息を吐き、朧がのそのそと出てくる。


「え、何か変わってる?」


「血みたいに赤くて、蛇みたいに縦に割れてます」


「マジで⁉︎」


 右目は部位欠損扱いで潰れたままだった筈。

 確かに言われてみれば、何か右目だけ見えてる色が違う。サーモグラフィーって言うのか?それと魔力とか何か色々見えて、ウェ酔う吐きそう。


「まぁいいや、俺ちょっと色々やることあるからノエル守ってて。お前なら信用できる」


「は?え、ちょっと!っ」


 漆黒で飛び上がった東条。




 朧は一瞬、その横顔を見てしまった。







 ――修羅すら恐怖する、怒りの形相を。













【後書き】

明日12時、最終話投稿する。集合な。

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