6章〜魔王降誕〜

大丈夫、ノエルは大丈夫

 



 ――「ねぇママ!明日サンタさん来るかな!」


「そうねぇ、ちゃんと良い子にしてたら、きっと来るわよ」


「僕良い子にするよ!」


「ふふっ、プレゼントはもう決めてるの?」


「うん!ゲーム!」


「届くと良いわね?」


「うん!」


 すっかりクリスマスの雰囲気に染まったネオン街を、はしゃぎながら親子が歩いて行く。


 カップルが手を取り、家族が笑顔を浮かべ、優しい空気が流れる。


 そんな人間達を、


「……」


 ノエルはボー、と薄暗い路地から眺めていた。


 純白だった長髪は煤と埃に汚れボサボサになり、羽織る外套はボロキレ同然。

 真冬のアスファルトを踏み締める傷だらけの素足は赤くかじかみ、美しかった濃紫の蛇眼に、今や光は見えない。


 ……細く切り取られた色とりどりの景色が、やけに眩しくて仕方がない。


「は〜、店長も人使いが荒いってんだよ」

「――ッ」


 裏のドアを開けバイトの休憩に入ろうとした青年が、物音に首を傾げる。


「……ん?猫か?……あ、何でコンセント抜かれてんだよ⁉︎ったくよぉ、誰か充電してやがったな、」



「……」

 改造モバイルバッテリーの充電を終えたノエルは、眩しい大通りから目を背けながら、裏路地を駆け抜けるのだった。



 ――「……」


 ノエルは鬱蒼とした山に入り、誰もいないのを確認してからcellで被せていた土を退ける。

 穴に入り、蔦のカーテンを潜り、4畳程しかない奥の部屋に顔を出した。


「……ただいま、マサ。……ん、誰にも見られてない。でもちょっと危なかった。クスっ」


 ノエルの崩れた前髪が揺れる。


 柔らかな草の上に置かれた、部屋の殆どを占めるカプセルと、大量に繋がれた改造モバイルバッテリー。


 そしてその中で静かに呼吸を繰り返す、東条。


 ノエルはバッテリーの1つを取り替え、いつものようにカプセルの中を覗く。


「マサも食べる?飴落ちてた。……ん。じゃあノエルが貰う。……ぶどうだ」


 眠る東条の顔は1ヶ月前とは比べ物にならない程穏やかで、血色も良くなっていた。


 そして驚くべきは、カロンの骨とノエルの回復薬、東条自身の膨大なエネルギー供給により、完全に元通りになった四肢である。


 カロンの骨は、宿主の意志で必要な形へと姿を変える。

 東条の意識がない今、骨は細胞に残された遺伝子情報を読み取り、瞬く間に欠損部位を修復したのだ。


 その東条を回復薬に漬ければ、彼自身の治癒活性能力で完全回復。


 この時ノエルの心は踊った。ようやくマサが起きる、と。


「……今日ね、街が綺麗だった。赤とか、緑とか、いっぱい」


 しかし、現実はそう簡単ではなかった。


 身体は治っている。

 血も十分足りている。

 栄養も毎日投与している。

 完全な健康体なのだ。


 それなのに、起きない。

 目を覚さない。

 起きてくれない。


 もはや、何が原因か分からない。

 手の施しようがない。


 成功の間近でお預けを食らうのが、1番辛い。


 それでもノエルは待ったのだ。きっとすぐに目を覚ますと。そう信じて。



 ……そうして気づいたら、約2ヶ月が経っていた。



 ノエルは寝っ転がり、東条の横顔を眺める。


「……ねぇマサ、明日クリスマスイヴなんだって。ノエル忘れてた。


 ……ぁそっか、ノエル誕生日だった。


 ……ねぇねぇマサ、誕生日とクリスマス一緒だと、なんか損した気分になる。ふふっ。


 ……?プレゼント?


 ……んー」


 ノエルはゴロン、と天井を眺める。



「……………マサ、がいい。…………ふぐっ、……ひぐっ、ぅうぅ」



 ボロボロと溢れる涙を手で拭い、拭い、それでもこぼれてしまう涙が草を濡らす。


 ダメだ、しっかりしろっ。


 ノエルがこんなんじゃ、マサを守れない。


 止まれ、止まれっ、止まれっ!



「っマサぁ、っ、まさぁっ」




 彼女の赤く腫れた涙袋には、毎日のように掻きむしった傷が残っていた。


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