ノエルは元気だよ

 


 ――機械の知らせる心拍音。


 回復薬と血液、栄養を投与する点滴。


 しかし投与されたそれらは、一向に治らない崩れた手足から滲み、流れ出てしまう。


「……」


 ノエルはこの1週間、その汚れた植物のシーツと植物の包帯を変え、中で眠る彼をボー、と眺めては、手元のパソコンで彼との冒険の録画を見続けていた。


 彼女の身体は既に全快している。

 傷も治り、魔力も十分。

 しかしその瞳に生気はなく、見ていられない程やつれてしまっている。


 心の拠り所の消失とは、誰からも理解されない悩みを持つ彼女にとっては大きすぎたのだ。



 ノエルはカプセルに手をつき、光のない目で中を覗く。


「…………マサ、」


「……コヒュー…………コヒュー……」


「……マサ、次どこ行こ行く?……」


「……コヒュー…………コヒュー……」


「ノエルはね、暖かいとこがいい。


 ……海とか、森とか、あーゆーのがいい。


 ……ん。……いい。南国は何回行っても楽しい。


 ……別にネットなんていらない。


 ……だから、マサはスマホに毒されすぎ。いっそ壊した方がいい。


 ……ぷふっ、冗談。


 ……ん。ノエルも、正直ネットは欲しい。


 ……うるさい。ノエルはネットを使ってる。マサは使われてる。その違い。


 ……あ、確かに。


 ……ん。グルメは欲しい。でもトリケラも美味かった。


 ……それはマサが文句言うから。


 ……ん。じゃあカラフルなキノコはもう食べない。約束。


 ……ノエルの1番、んー


 ……ラーメンは好き。でも、1番、んー


 ……んっ。ステーキ。ステーキ1番。


 ……ん。ニンニクチップ大事。マサ分かってる。


 ……確かに、焼肉も捨てがたい。


 ……ん。ノエルは肉が好き。肉なら全部美味い。マサがずっと前作った重ねすぎたハンバーグ、あれ良かった。


 ……ん。また食べたい。


 ……マサの1番は知ってる。ラーメンと寿司。同率。


 ……ん、今度作ったげる。


 ……うるさい。ノエルに不可能はない。


 ……知らない。勘で作る。いっぱい食べたからたぶんいける。


 ……むー。分かった。一緒に作る。


 ……ん?やだ。まだノエル眠くない。まだ話す。


 ……ノエルはいつも美しい。乙女に外見のこと言うなんて最低。見損なった。


 ……ん。分かった。大丈夫、マサは寝ていい。


 ……ノエルは眠くない。


 ……ん。大丈夫、……マサはノエルが守る」



 モニターに映る、1人で笑顔を浮かべ話すノエル。


 その姿はもう、壊れていると言われても否定できない程に痛々しかった。


「……っ」


 耐えられなくなった有栖は紅にお願いし、共に願い出た灰音と一緒に施錠扉へと向かう。


 深呼吸し、ドアを開けた。


「……ノエ


 ――瞬間


「ゥ⁉︎」「「――ッ」」


 襲いかかってきた植物を、紅と灰音が迎撃する。


 その奥には、


「――ッッフシュウッルルルッッ」


 蛇眼を開き、魔力を滾らせ髪を逆立てるノエルの姿。


 近づく者全てを敵と見做す今の彼女の目には、嘗ての仲間だろうと映りはしない。


「っ」「っノエルっ、僕だよっ灰音だよ!」


 返事に返される荊の猛打。白いタイルが抉れ、ゴーレムが作り出される。


「っこれ以上刺激すのは良くないな。出よう」


「っでもっ」

「終わりだ」


 紅が有栖を掴み、灰音は唇を噛み締め扉を閉める。


「……今のノエルは、日に数度の輸血と点滴パックの支給しか受け入れない。数㎞先の従業員の足音にも反応していた。極限状態なんだ。対話は寧ろ逆効果だよ」


「……ありがと焔李、無理言ってごめん」


 ポロポロと涙をこぼす有栖を、灰音は立ち上がらせ部屋へ連れてゆく。


 そんな後ろ姿から目を背け、


「…………(恨むよボス)」


 紅は今日何本目かも分からない煙草に火をつけた。


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