母
「……」
指示を出している紅に、葵獅がゆっくりと目を開ける。
「……もう1週間だ。どうなっている?」
「……」
「……俺達は東条の傷を治すために動いた。だというに、……なぜ奴は姿を消した?」
ビシッ、と空気が重さを増し、職員、父母含めた一般人の身体が固まった。
「……ボスの行方は私達も知りたい。それより葵獅殿、魔力を抑えろ。ご家族の前だぞ」
「……すまない。……少し出る」
葵獅は熱を逃すように溜息を吐き、立ち上がる。
「外には」
「分かっている」
扉の閉まる音に、再び部屋が静かになった。
「……すまない皆殿。ボスの不徳は我が組の失態。私からも謝罪する」
謝罪する紅に、東条母は苦笑する。
「頭上げて下さい。皆さんが桐のために動いてくれたことには、感謝しかありませんから」
「……」
「それにね、桐が池袋を出るって言った時、私は言ったんですよ。……決めた以上、必ず後悔のない生き様にしろって。
桐がこうなる道を自ら選んだんだから、私は何も言いませんよ。寧ろあのバカ息子には、自力で帰って来いって怒鳴りつけてやりたいわ!」
腰に手を当てニカっと笑う彼女に、紅はマサの面影を幻視する。……あの息子にこの母あり、か。
「……ふふ、凄いお方だ」
東条母はモニターに目を移し、そこに映る白い少女を見つめる。
……彼女は思い出す。
……あの夜、桐は言っていた。『見とかなきゃいけねぇ奴ができた』と。
最初に気づいた時は驚いた。テレビから息子の声が聞こえてきたと思ったら、顔面真っ黒の変な男が喋っていたのだから。
目を疑ったが、それでもその声、仕草を見間違える筈がない。
バカ息子は、トレンドを取り上げる番組でモザイクの中笑っていた。
その横にいたのがノエルちゃんだ。
遂に犯罪に走ったか、と親ながら警察に通報しようとしたが、どうやらそういうわけでもないらしい。
取り敢えず携帯は置いた。
それからというもの、何度も心臓が止まりそうになりながらも、今では夫と2人、テレビの前で息子の動画を肴にグラスを合わせるのが日課になった。画面の中の息子と一緒に笑いながら、叫びながら。
顔出ししてからはよくマスコミが押し寄せてきたが、いつか来た狐目の胡散臭そうな人に話してからは、その波もピタリと止んだ。
その時は知らなかったが、私達を事前にここまで連れてきてくれたのも彼だ。その時初めて藜組の関係者だったのだと知った。
不束者ですが、とハイネちゃんが1人で来た時は笑ったものだ。すぐに桐を呼びつけてぶっ飛ばしてやった。
その後は紗命ちゃんを連れてきて頭を抱えた。洗脳でもされてるんじゃないか?と紗命ちゃんに聞いたら、なぜか桐が頭を抱えていた。紗命ちゃんはずっとニコニコしていた。
ノエルちゃんとも、何度も食事をした。
あの子はどこに行こうと、桐と一緒にいた。
……2人の笑顔を見れば分かる。彼女は、ノエルは悪い子じゃない。息子が選んだんだから、間違いない。
東条母はモニターの中の弱々しい彼女を見つめ、
「……また、ちゃんとお話したいわね」
優しく微笑んだ。
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