「ッさせないよ、黄戸菊くん」「っ⁉︎」


「……」


 紗命の身体にピアノ線が巻きつき動きを止めた。


「っ」


 しかし煙を上げ一瞬で溶け落ちる。


 絶句する彦根に、


 ……紗命はそっと笑いかけた。


「……心配しないで良いよ。…………もう終わってるから」


「な、……まさか、(ッやられた!)」


 先の2人を止めた毒。あの片方が致死性の劇毒だったとしたら。


 ……これを、狙っていたのか。彦根が苦虫を噛み潰したような顔で彼女を睨む。




 紗命は倒れる東条に近づき、座る。


「……」



 血でべったりと張り付いた髪を、愛おしそうに撫でた。



「……ノエルが良い子なのは知ってるよ、……優しい子なのも知ってる。


 ……国がどうなろうが、どれだけ人が死のうが、私はそんなのどうでもいい」



 東条の顔の血を拭い、優しく笑いかける。



「……ただ、あなたが誰かのせいで傷つくのだけは、耐えられないの。


 ……戦うあなたが私は好き。……あなたの傷だらけな身体が、私は好きよ。


 …………けど、この子があなたに持ってくる運命は、本来つく筈のない傷を生む。

 いつ死んでしまうかも分からないような、とても深くて、恐い傷を。


 それが、私は耐えられないっ」



 東条の血濡れた頬に、ポタポタと雫が落ちる。



「……ごめんなさい桐将。


 ……あの時一緒にいれなくてごめんね。……1人にしてごめんね。




 ……これからは、ずっと一緒だから」




 あまりにも美しく、されど悍ましく黒い笑顔。



 どれだけ強く、恐ろしいモンスターと対峙しても平気だった彦根の中の恐怖が、……初めて首をもたげた。


「っ」


 紗命の周囲を超強化ガラスが囲み、数百本の鋭利な棘を向ける。

 同時に彦根は自分の下で震える灰音の背中を摩り、強く声をかける。


「……僕が、僕がノエルの口を、」


「君のせいじゃないッ、落ち着け!」


「僕がっ、ノエルをッ、ォエ」


「っく、……黄戸菊くん‼︎」


 彦根は叫び、笑う紗命を睨む。


「僕だってねぇ!、ノエルを殺したい程憎んでるんだよ‼︎そいつのせいでっ、どれだけの国民が悲しみと痛みの中死んでいったか分かるか⁉︎

 ……僕のおばあちゃんも、育ての母もっ、緑化した街でっ、僕の目の前でモンスターに食い殺されたッ‼︎

 優しい人だった、身寄りのない僕を1人でここまで育ててくれた‼︎優しい人だったんだよッ‼︎……だからモンスターをは1匹残らず駆逐する、僕の信条は変わらないッ」


「……なら良いじゃない。あなたも本望でしょ?」


「でもなぁッ」


 彦根の怒気に阿修羅が爆発し、大気が震える。



「――ッノエルはまだ子供だろうがよ‼︎‼︎望んでもいない力与えられてっ、生まれたせいで責められてっ、そんなの、あんまりだろうがッ‼︎」



「……」


「……ノエルはモンスターだけど、人の心を持ってる。子供を導くのは大人の務めだ。

 ……僕は、彼女を殺すことを許さない」


「……優しいのね」


 微笑む紗命は、


「でも、決定的にずれているわ」


 しかし首を振る。


「言ったでしょ。私は倫理的な正解なんて求めていないの。桐将が私を見てくれれば、それでいいの」


「……狂ってるよ、君」


「ふふっ、知ってる」


 灰音が立ち上がり、開いた傷のせいで血を吐きながら懇願する。


「頼む、黄戸菊。ノエルを殺さないでくれっ。僕の命の恩人なんだよ!」


「安心しなさい黒百合。私はあなたを殺したいくらい嫌いだけど、認めてもいるから。桐将の記憶を消す際、あなたの記憶はちゃんと残しておいてあげるわ」


「っ」


「……記憶を、そんなことまで出来るのか」


 倒れそうになる灰音を支えた彦根が、静かに耳打ちする。


「すまない、僕より彼女の方が魔力操作に長けている。下手に練るとノエルくんが殺される」


「……」


「何か策はあるかい?」


「……(ふるふる)」


「……そうか」


 手をかざす紗命に唇を噛み締め、……一か八かに賭けようとした、


 その時、


「……ん?どうしたの桐将?」


 消え入りそうな程か細い声を発した東条に、紗命が反応した。



「…………ォ…………ぅ……」



「うん、大丈夫だよ。私はここにいるよ」



「………………ぉ…………………ゥ」



「うん、うん、どうしたの?」



 耳を近づけ、耳を近づけ、彼の言葉に耳を澄ます。



 そうしてようやく聞き取れた言葉は、


















「……………ノ………ェ……………………ル………………」


















「……………」


 紗命の笑顔が固まった。



「……き、桐将?ほら、こっちだよ?身体痛いでしょ?」



「……ノ……エ……ル」



「っ桐将っ、聞こえる?私はここだよっ」



「……ぇル……ノ……エ………ル……ノエ……ル」



「――ッ桐将っ‼︎……何で、どうして……」



「……ノエ、ル……ぉ、エ……ル……ノ……エル」



「……私を、見てよっ」



 目も見えていない。

 耳も聞こえていない。

 手も、足もない。

 それなのに、這って、無様に這って、魔力だけを頼りに、彼は私から遠ざかってゆく。




 ……分かっていた。


 …………分かっていたさ。


 あなたの中で、彼女がどれだけ大きな存在かなんて。


 頭の中が見えるんだから、分からないわけがない。


 話している時も、


 遊んでいる時も、


 ご飯を食べている時も、


 寝ている時も、


 愛し合っている時でさえ、


 ……あなたの中には彼女の姿がある。


 あなたの愛してるは本物だ。嘘じゃない。ちゃんと私を愛してくれている。


 それでも、心の奥に住む彼女が、チラついて仕方がないっ。



 ……どこでこんな差がついた。どうしてこうなった。


 あの時……あなたが1人になった時に、……隣にいたのが私なら、




 ……その瞳に映るのは私だっだのかな




「……」


 紗命の頬を一筋の涙が伝う。


「っやめ!」「ッ黄戸――


 紗命がcellを発動した。




「けプっ」




 瞬間、ノエルの口から劇毒の塊が飛び出した。


「「……は?」」



 強化ガラスと棘を殴り壊し、紗命がスタスタとノエルに近づき、


「起きなさいクソ蛇」

「シュア⁉︎」


 目覚まし毒ビンタした。


 鱗を掴み、顔を引き寄せる。



「今回は生かしてやる。勘違いするなよ、桐将は私のものだ。私のものだけど、今彼に必要なのはお前だこのクソ蛇死ねっ、クソッ、早く行け殺すぞ」



「っ、シュ、シュルル……」


 瞳孔が開き、充血した目で睨んでくる紗命に恐れをなし、ノエルは東条を咥えノロノロと這ってゆく。


 ポカン、としていた彦根が動き出す。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!なら国が保護す」

「煩い黙れ」


「っ⁉︎」


 紗命を中心に毒の波が爆発し、彦根に襲いかかる。


 紗命は涙を拭き、天を仰ぐ。


「ぁあクソっ、クソっクソックソッ!クソッッ‼︎」


 地面を踏み砕き、踏み砕き、踏み砕き、踏み砕く。


 灰音がそんな紗命に並んだ。


「……落ち着いたかよ」


「黙れ」


「……死ねカス後で殺す」


「黙れボケカス死ね殺す」


 彦根が2人を見て焦り頭を掻く。


「え、ちょっと、何でそうなるの⁉︎」



 ――その時だった、



「「「――っ⁉︎」」」


 真上を飛んでいたヘリに衝突、爆破させ、1機の戦闘機が彦根に向かって墜落してきた。


「今度は何だよ⁉︎」


 爆風と同時に中から飛び出してきたのは、


「――貴様がノエル様をッ」


 所々破けたライダースーツを身に纏う繭野ゆまであった。

 彼女は有栖を送り届けた後、軍基地を単独で襲撃、戦闘機を盗みここまでスッ飛んで来たのだ。


「っ君は、ッは⁉︎」


 加速したゆまの瞳が縦に割れ、肌を光沢のある紫の鱗が覆う。その姿はまるで……。


「っ」


 馬鹿げた膂力に殴り飛ばされた彦根は、瞬時に体勢を立て直し攻撃モーションに入る。


 がしかし刹那、


「――ッッ⁉︎⁉︎」


 見えない何かに身体が羽交締めにされた。驚愕に首を回すとそこには、微かに見えた、景色に溶け込む男の姿。


「朧くん⁉︎⁉︎っ」


 既に眼前まで迫る、


 ――八つ当たりに拳を構える紗命。


 ――何となく流れで拳を構える灰音、


 ――隙だらけだったから取り敢えずぶっ殺しに来たゆま、



 あ、これマズい。



「ッやめ――ッッブギョゴアッっ⁉︎⁉︎⁉︎」



 3つの拳が、深々と彦根の腹に突き刺さった。



「っ……っ、……これだから、女は嫌いなんだ、よっ」


 白目を剥き前のめり倒れた彦根、の先、既に離れていた朧がノエルに寄り添う。


「っ来てよかった。ノエル、っ、大丈夫、俺だっ、朧だっ」


「っ……フシュゥ」


「2時間だけ人型になれるかっ?必ず守る!」


「……」


 大蛇が光に包まれ、血まみれ裸のノエルがその場に倒れ

 る寸前朧が受け止める。上着を羽織らせ、東条を背負い縛り付けノエルを胸に抱いた。


(ペルフェクシオンッ)


 瞬間、その場から3人の存在が消えた。




 ――同時刻、


「っ」


 紅がノエルと東条の気配が無くなったことに気づく。


「(この消え方は、彼か!)葵獅殿!鬣の火を消せ‼︎」


「っ何を、」

「ッ早く‼︎」


 巨熊を海まで殴り飛ばした葵獅が炎を消した。


 瞬間、


「『神速シェンスゥッ』」「ぬっ」


「「⁉︎」」


 雷鳴と化した紅が、葵獅を掴み刹那で雲の上に消えた。












 ――「……」


 そのばにへたり込む紗命の頬を、ポロポロと涙が伝う。


「ひぐっ、ぅう、ふぅうっ」


「……たく、らしくないよ」


 灰音は穴の空いている腹を抑えながらも、気まずげに彼女の横に立った。


「ひぅ、ぅ……あんたは、分かってる、の?」


「何をさ」


「っ桐、将と、ノエルの間に、あるの、ふぐっ、あれ、愛なんかじゃないじゃんっ」


「……分かってるよ」


 一生分かり合えないだろう2人が、唯一共有しているもの。


 それが、この敗北感だ。


 東条とノエルの間に繋がるもの。それは愛なんて生易しいものじゃない。


 愛なんかよりもっと深く、愛なんかよりもっと美しい、


 それは、



「……共依存だろ。……僕だってそんなの分かってるよ」



 自分達が欲して止まないその位置は、既に年端もいかない人外の幼女に取られている。


 ボロボロと涙をこぼす紗命の頭を、灰音は嫌な顔をしながらもポンポンと撫でる。


「だから泣くなって。……それでも、僕達は彼のことが好きなんだから」


「っ撫でるなぁっ、ぅうっ」


 とそこへ、


「時間もありません。行きますよ」

「わっ」「なっ」


 走ってきたゆまが2人をヒョイ、と傍に抱え疾走する。


「彦根さんは?あの人結構良い人だったよ?」


「念のため瓦礫に埋めておきました」


「あ〜、……まいっか」


 ゆまは森の中を走りながら、蛇眼に嗚咽する紗命を映す。



「……恋に壁はつきものですよ」


「っうるさい!分厚すぎるんよっ‼︎」


「ははは、……ちょっとあんま揺らさないで。吐きそう」




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