――「……何なのさ、これ」


「……」


 暴走し真っ正面から突っ込んでくる漆黒を目に、灰音は声を振るわせ、紗命はその痛ましさに目を逸らす。


 2人は紅に叩き起こされた後、後方へと先回りさせられていたのだ。


「ッ黄戸菊!」

「分かっとるっ」


 灰音と紗命が手をかざし、集中、無理矢理脳内に入り込み、衝動を別の意識で抑えつけた。


「っうぐ」「くァっ」「ぐァアアアああッッ⁉︎⁉︎」


 瞬間暴走状態にあった漆黒が消え、生身の東条が宙に放り出される。

 同時に2人が地面に膝を着き、目を見開き嗚咽する。


 能力を通じシンクロした破壊衝動と感情の爆発、記憶のデータが滅茶苦茶に入り混じり、脳の神経がショート寸前まで燃え上がった。


「グァアッ⁉︎ゥグァアあ⁉︎」

「っやめぇ桐将!っお願いだからッ‼︎」


 地面に頭を叩きつける東条を、紗命は涙を流しながら力づくで押さえつける。


 同時に灰音が飛び出し、


「ッ‼︎」

「ギシャアアアアッッ‼︎」


 突っ込んできたノエルを受け止め押さえつけた。


「ぐふッ、ッノエル!大丈、夫っ、僕だよ!灰音だよ‼︎」


 ビキビキと締め上げてくる太い胴体についた無数の痛ましい傷に、灰音は怒りの涙をこぼす。

 瞬間思いっきり口をこじ開け。


「ッッ入れろ黄戸菊‼︎」「っ」


 紗命が東条とノエルの口に無理矢理鎮静、麻痺、睡眠の効果を付与した劇毒をねじ込んだ。


 途端痙攣し、気絶したように身体を投げ出す2人。


「っごめんね、ごめんねっ桐将っ」


 紗命は罪悪感と自分への嫌悪を感じながら、最早流れる血すら残っていない東条を抱き上げようと


 するも、


「ッおい!」

「ぅぐ」


 灰音がそんな彼女の胸ぐらを掴み、無理矢理立たせる。


「……離しぃや」


「……僕だってバカじゃない。焔季の態度とか今の状況を見れば分かるさ。……お前、どっち側だよ?」



「……」

「っ」



 目を逸らした黄戸菊に、灰音が悲痛と怒りに顔を歪ませる。


「ッ見損なったよ黄戸菊ッ‼︎」


 振り下ろした拳は、


「っ⁉︎」「っ」


 しかしガラス板にぶち当たり止まる。


「……凄いね。この2人をこんな簡単に、」


 歩いてくる彦根

 に地面を蹴り砕き一瞬で接近し拳を振り上げた灰音は、


「っグゥ」


 しかし逆に関節を決められ組み伏せられた。


「凄まじい、けど今の君は重傷が過ぎるね。足も折れてるだろ、安静にしていてくれ」


「離せェエ‼︎‼︎」

「っ」


 ガラスの拘束具をバキバキバキバキッッと破壊する彼女に驚愕し、彦根は更に拘束を厳重に掛ける。


「落ち着いてくれっ!作戦の酷さは謝る!でも国は東条くんもノエルくんも殺す気はない!」


「2人をこんなにしてッッ、誰が信じるかッッ!」


「東条くんは藜くんの復元で元に戻す!ノエルくんにはこっちが優位に立った上での交渉をかけるつもりなんだよ‼︎」


「黙れぇええッッ‼︎‼︎」


「ああもうッ」


 灰音を押さえつける彦根は、しかしそこで、ふ、と前を見て違和感を覚える。



 ……黄戸菊くん?



 ゆらゆらと倒れ伏すノエルに近づく紗命。



 彼女が瞳に浮かべるのは、





 ――怨嗟と覚悟。





「っ」


 瞬間彦根は思い出す。彼女が契約の際、口にした言葉を。




 ――うちはあの人のためだけに動く――




 もしこのが、東条くんではなく自分の欲望を優先した上での意味だったら。


 彼女を誘ったのは自分だ。


 ……これは、やってしまったかも知れないっ。


 彦根の全身を鳥肌が走った。

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